2話 瓶詰悪魔 -3-

おんなじ小学校にもいったし
おんなじクラスにも何回もなった
違うクラスのときも3人よく集まって遊んだ

                         ◆

時間が過ぎる。
『悪事を働く』と、自ら宣言した悪魔はその言葉に反して
あいかわらずぼんやりとTVを眺めているだけだ。
何が楽しいのか芸能人旅行記風のTV(多分日曜の今の時間だったら再放送だと思うけど)
のフリップに書かれた質問に真面目に答えている。
『TVの前のみなさんもご一緒にお考えください!』との司会者の言葉に真剣に回答に悩む姿はちょっと面白かったけど。コラーゲンが健康によかろうがどうだろうが悪魔には関係なさそうだと思うんだけど。
鈴華はあれからだんまりを決め込んでいる。
たぶんそこらにいて、悪魔の挙動を監視しているのだろう。
ピリピリした感じが伝わってくる。
わたしは思索にふける。
この悪魔は先ほどわたしに用事がある、ような趣旨のことを言った。
しかし具体的にどうこうという様子はない。
で、悪魔の目的は悪いこと・・・・って。
「あの、もしかしてわたしをどうこうしようって話なんでしょうか」
なんか今日は頭が働いてないのかな。どこかぼんやりした感じだ。
「ああ、だいたいそういう話だよ」
悪魔はさらりとそう言った。
なに?
『―――さっきの忠告は聞く耳ももたないというわけですか。舐められたものですね。空音、攻撃を行いますがよろしいですね。あなたに危害を加えることが目的と分かった以上黙っていられません』
鈴華の声は怒りに震えている。
鈴華、ちょっと待ってってば、まだ具体的にわたしなにもされてないわけだし―――」
そうなのだ。わたしは特になにもされていない。まあ機会をうかがっているだけかもしれないのだが。
「とりあえず、和真が到着してから改めて考えましょ?何もしていない相手にどうこうというのはわたしはちょっと・・・」
『甘い。蜂蜜と生クリームと和三盆を混ぜあわせてチョコレートケーキにかけたぐらい甘いですよ空音』
・・・ごめん鈴華わたしそれとてもじゃないけど食べたくない。
だいたい鈴華はものが食べれないから甘さというのに対する理解があるとは思えないのだが。・・・あ、だからそんな例えが出てくるのか。
「まあまあ。わたしは夕食の用意するから。あ、悪魔さんもいります?」
「いや、お構いなく。僕もそこの付喪神と同じく普通の食事はとれないのでね」
悪魔はそっけなくそう言う。
わたしは椅子から立ち上がって台所に入る。
さて、メインはさっき買ってきた鯖(安かった)を塩焼きにでもしようかと
冷蔵庫を開けたところで、――――眩暈がした。
視界が傾く。思わず冷蔵庫の扉に捕まって体を支える。
眩暈は数秒で収まった。・・・たちくらみとは珍しい。わたしは貧血の気はまったくない健康優良児なのだが。
―――まさか、ね。わたしはこっそりリビングの悪魔をうかがう。
とくに先ほどと変わったようすはない。だいたい悪魔がなにかしたなら鈴華がすぐ気づくはずなのだ。やはりわたしも緊張してるのかな、と思い、わたしは夕食の準備にとりかかった。
と、白和えの豆腐を裏ごししていると、マンションの入り口の呼び出し音が鳴る。
和真だ。わたしはドアを無言で開け、ついでに玄関の鍵を開ける。
うん、特にに今は眩暈もなにもない。やはり気のせいのようだ。
悪魔がおとなしくしているのは気になるが。
わたしはテーブルの上においてある悪魔が入っていた瓶を眺めながらそんなことを思う。
しかし随分と古そうな瓶である。骨董として価値がありそうだ。よしんばそうでなくてもだいたい古いものはわたしは好きなのだ。
玄関が勢いよく開く音がして、足音がこちらに近づいてくる。
わたしはリビングに立ったまま和真を出迎える。
息をきらせて和真がリビングに入ってくる。
何をそんなに慌てているのか。いちおう紹介しておこう。
こいつは緑丘和真。なんというかわたしと同じ学生ではあるものの裏の仕事(こういう言い方もなんというかチープだが)でフィクサーみたいなことをやっている。
フィクサーとは要するに人から物から何でも調達する稼業である。
まあなにかと便利な奴なのでわたしがトラブルに巻き込まれると駆り出される。まあわたしも料金は払っているのだが。同じ学校に通っているのもあり、まあ相談役、というポジションが一番近い。
その和真の顔がわたしを見るなりはっきりと青ざめた。
珍しい。こいつはあんまり感情の起伏が激しいやつではないんだけど。
「坂下、お前―――」
和真は呼吸を整えると悪魔のほうに視線を移す。
ということは和真も見えてるんだろうな。
「あいつか―――」
「あ、うん大人しくTV見てるよ。変な悪魔――」
「―――気づいていないのか」
「?別にわたし何もされてないけど」
「薄いんだよ」
「へ?」
和真は不思議なことを言う。うすい?味が?
わたしの不思議な顔を見て取ったのか、和真は言葉を続ける。
「お前の、存在が薄くなってるんだよ!」
え?
「――何よ、それ」
理解できないわたしはそう呟く。
和真はわたしを上から下まで観察し、
「そこか」
と一言。そして、
「来い!」
と言って、わたしの腕をつかむ。びっくりしたわたしは和真に抗議する。
「ちょっ、ちょ、いきなりなに?」
和真は聞く耳持たず、わたしを窓際まで引っ張っていく。
途中で面白そうにわたしたちを眺める悪魔の顔が目に入る。
笑っている。何故か、背筋が、ぞくりとした。
和真はベランダに出る大きな窓ギリギリにわたしを立たせる。
窓から太陽が目に入る。もうすぐ日は落ちようとしていた。
「だから、なんなの?」
わたしは窓から和真のほうに振り向く。
和真はわたしから数歩離れ、黙ってわたしの足元を指差す。
そんなところに何が――あ。
思考が凍りつく。
窓からは夕日が差し込んでいる。差し込んだ夕日は私を照らし、人型の影法師を描く。
わたしの影の上半分がなかった。
足から伸びた影は、わたしの胸のあたりで、線でも引かれたようにきっちりと途切れている。呼吸が止まる。
考えられる原因はただ一つ。
わたしは視線を悪魔のほうへ移す。
悪魔はわたしの視線に答えて話しだす。
「いやはや。こんなに早く気づかれるのは久々だよ」
先ほどまでと何も変わらぬ調子で。
「言ったろう?悪いコトをするって」

悪魔はただ微笑む。楽しそうに。

2話 瓶詰悪魔 -2-

どこにでもいったし
どこでもあそんだ
ちーちゃんは男の子たちにもまざってよく遊んでいた
あーちゃんはおとなしくていつもにこにこ笑っていた
わたしはふたりのあいだをうろうろしていた

                         ◆

第1回 坂下家、悪魔との夕べ。
・・・いやふざけているわけじゃなくて。
現在テーブルにはわたしと、道化師の格好をした悪魔と、鈴華が座っている。
しかしこの悪魔が。
「いやしかし久しぶりのシャバでこちらとしても意気揚揚乾坤一擲自由奔放唯我独尊といったしだいでもういやビバ自由の味をかみしめるのも実にしばらくぶりというかおお今時のテレビは平面なのかいやはや科学技術は日々進歩してるのだね!おや?それともこれは技術大国日本にしかないのかなこれは実に新品そうだが」
うるさかった。
よほど瓶の中に入っていてうっぷんがたまっていたのか、もう喋りっぱなしなのだ。
わたしのマンションがものめずらしいのか、
「いやしかしマンションの格も随分とあがったものだね!このツルツルとした床!真っ白な壁!そしてこの高さ!いやはやなんというか未来の国に正体されたようだよ!もしかして全自動調理器とかもあったりしないかね?しない?それは残念だ。ところであの扇風機みたいなのは何かね?ハロゲンヒーター?おおまた未知の技術が僕を出迎えてくれるというわけだねすばらしい!」
こうまあひっきりなしに喋っている。
たしかあのハロゲンは和真がいらんかと言って持ってきたのを結局押し問答の末にもらうことになったんだっけ。
『空音、和真様をお呼びしたほうが・・・』
鈴華がどこかしら控えめな声でわたしにそう勧める。
「でもなんか特に害があるようには見えないんだけど」
TVを食い入るように見ている悪魔に視線をやりつつ、わたしはそう答える。
『・・・空音。悪魔が害を成さないなどと考えるのは浅はかです。私が何も感じないのも逆に気になります。いつ結界内に現れたか全くわかりませんでした。胸騒ぎがするんです・・』
鈴華はそう不安げな心中をわたしに吐露する。
「んー。そうだね。念のため連絡だけでもしとこうか」
わたしは軽くそう返し、家の電話に手を伸ばす。
と、遠くから軽快なマーチが・・・・あ、部屋に置いてある携帯が鳴ってる。
あわてて取りに行く。
「はい、坂下です」
慌てていたので誰からかも見ずにとる。
「坂下か」
おや?電話を今しようと思っていた人物だった。
「あ、今電話しようと思ってた――」
「なにか異常は――ー」
声が被った。
「あるのか」
和真の真剣な声。ん?のっけから珍しい。
「うん、今しがた、正体不明の瓶を開けるとびっくり中から悪魔が」
わたしはおどけて答える。
沈黙。
「坂下。一言いいか」
わたしはなんとなく言われる言葉を予測しつつ
「どうぞ」
と答える。
「そんなもん開けるな」
いやまあまったくその通りなんですけど。
あけちゃったものはしかたないではないですか。
「いやでもとりあえずいい悪魔そうだよ?」
「ほう、何か契約を持ち掛けられたり、3つの願いをかなえてやろうとかはいわれてないわけだな」
「うん。アクビ娘のオプションもついてないよ」
和真と話しているとどうしてもボケたくなるのはなんでだろうか。
「とりあえず危険はないんだな・・・・・?」
「まあ特には。いまその悪魔さんTV見てるし」
「とりあえずそっちに行く。警戒を怠るな」
「?和真は何の用事だったの?」
「・・・・・妙な胸騒ぎがした」
鈴華と同じことを言う。
「能力?」
和真の『違和感を感じる能力』かと思い、わたしはそう訊く。
「いや、ただの勘だ」
・・・・なんか余計怖いんだけど。
じゃあな、と言って電話は切れた。
なんか不安を煽るだけ煽った感じだ。
うーん、とわたしは首をひねりながらリビングに戻る。
『空音、連絡はとれましたか?』
「あ、うん来るって」
「ほうなにお嬢さんのボーイフレンドかねいやはや最近の若者は進んでいるという話はよくきくが僕にたいしてラブラブっぷりをみせつけようというのかねなんともなげかわしいまあいいわたしからいえることはただ一つちゃんと明るい家族計画をだね」
機関銃のように喋りつづける悪魔。
うるさいのが害といえば害か。
「あの」
わたしは悪魔に話しかける。
「わたしになにかご用事でしょうか・・・?」
腰を低くしてそう問い掛けるわたし。
いや別にこんなにおそるおそる聞くことじゃないんだろうけど。
「用事?まあ用事といえば用事か」
出したコーヒーに手もつけずにTVを真剣に見ていた悪魔は、顎に手をあてながら
そんなことを言う。
「いえ、なにか怪しげな契約をもちかけたり、3つの願いをかなえてやろうとか、じつはあと11人の使徒がいるとか、マグネタイトをよこせとか、そういう具体的な要望があるのかなと」
「いや特にそんなことはないが」
仲魔になる気はないらしい。いやなられても困るんだけど。
『用がないのならどことなりに消えなさい。なにが目的か知りませんが、空音に手を出したらただで済むと思わないことですね』
鈴華はわたしに危害を加えそうな存在に対しては攻撃的だ。普段は穏やかな――そりゃ説教くさかったり、TVマニアだったり意外ににミーハーだったりするけど――そう、
大和撫子と言っていい性格なのだ。・・・・・・ほんとだよ?
「あの、じゃあいったい何が目的で・・・?」
悪魔はTVから視線を外しわたしの方に向き直ると。
「目的?そんなの決まっているだろう?悪魔の存在理由とも言うべきその行為!」
そこで悪魔は言葉を切り、芝居がかった動作で腕を大きく振る。
「――――悪いコトさ」
悪魔は実に楽しそうに嘲った。

2話 瓶詰悪魔 -1-

いっしょにまた遊ぼうね。とちーちゃんは言った。
うん、とあーちゃんも言った。
わたしは黙って頷いた。
わたしたちは仲のいい3人組だった。

                       ◆

その日は日曜で、わたしは近所のスーパーまで買い物に出ていた。
具体的に言うと、タイムセールのチラシがポストに入っていたので出陣したのである。
・・・・・一人暮らしも長いと所帯じみて来るのだ。ほっておいてほしい。
で、戦利品を抱えてマンションまで帰ってくると、玄関に小さなダンボールが置いてあった。
「?」
わたしの住んでいるマンションはオートロックだ。
まあマンションと名のつくところの大半がそうだろうとは思うけど。
もちろんオートロックとはいえ、一度中に入ってしまえば自由に動けるし、
宅急便の人も同じマンションに複数の荷物を届けるのに、わざわざ下にもどってもう一度開けてもらったりはしていない。
だから直接玄関の呼び鈴がなるのはよくある話なのだが――――。
わたしは一人暮らしだ。正確には鈴華という同居人がいるが彼女は宅配便をうけとったり、
セールスに応対することもない。
だから、わたしがいない時に荷物などが届いた場合、当然、不在票があるはずなのである。
ポストをチェックしたがそれらしきものはない。
というか荷物を玄関の前に置いて帰る宅急便屋というのはどうなんだろう。
生物との場合でもどうしようもないときでもお隣に預かってもらうものだぞ。
そこでよく玄関の横においてあるダンボールをよく観察する。
小さ目の普通の茶色のダンボールだ。ガムテープで普通に封がしてある。
・・・・あれ?宛先とか送り主とか書いてないぞ・・・?
「要するにこれ宅急便じゃないのかな・・・?」
う、なんか凄い嫌な予感がしてきた。ここでわたしの頭に浮かんだのは、
中身は
「爆弾」もしくは「猫の死体」という実に被害妄想っぷりも甚だしいものであった。・・・・わたしの場合あながちありえないとも言えないんだけど。
とりあえず荷物で腕がだるくなってきたので、ダンボールはそのままにして鍵を開けて中に入る。
あとで考えようっと。
「ただいまー」
と挨拶をし、リビングまで荷物を運ぶ。
『おかえりなさい空音。・・・・買いすぎじゃないですか?』
リビングに入ると空中から声がする。リビングからは鈴華が見ていたのかTVの音が漏れ聞こえてくる。
この声の主がわたしの同居人、鈴華である。
彼女はわたしの家に古くから伝わる銅鏡の付喪神で、基本的に普通の人には姿も声も聞こえない。わたしも別に霊感があるわけでもないから声しか聞こえないし。
鈴華は物理的な干渉ができないので(紙一枚すら動かせない)宅急便も受け取ることはできない。まあぶっちゃけあんまり幽霊と変わらない。これを言ったら怒るけど。
付喪神という存在が自然にでてきていることに疑問を持たれるかたもおられるだろうが、彼女は決してわたしの妄想の産物ではない。・・・・多分。
まあ、ここはさらっと流していただきたい。
鈴華、宅急便来た?」
居留守マスター鈴華(今命名)にそうたずねる。
『いいえ?特ににだれもいらっしゃいませんでしたけど』
鈴華は不思議そうな声音でわたしに聞き返す。
と、なるとあの荷物は宅急便じゃないと・・・ああ嫌な予感が・・
まあとりあえず冷蔵庫に入れてしまおう。
なんとか冷蔵庫に押し込んで(まあ鈴華の言う通り買いすぎであることを認めよう)
ヤカンをコンロにかけて玄関へ。
なくなってないかなーなどと思ったが、しっかりと茶色の箱は玄関横に鎮座していた。
手にとる。あんまり重くない。というか軽い。
「爆弾とかじゃ・・・なさそうね」
そうつぶやきつつそれを持って中に入る。
リビングのテーブルの上に置く。ついでにTVのボリュームを絞る。
『空音?なんですそれは?』
鈴華、これなんか感じる?」
わたしは鈴華にそう聞く。
鈴華はこのマンション(私の家)に結界―――実にオカルティックだがあれだ。とはいえ物理的に侵入を防ぐとかいう結界ではないのだが――を張っている。
要は、結界内に
「異物」が入れば気づくはずである。
もっともこの「異物」の定義も曖昧ではあるのだが・・・・
とりあえずわたしに危険を及ぼしそうなものを鈴華が見逃すようなことはほとんど無い。
しばらく間があく。鈴華が箱を観察しているのだろう。
『いえ、とくに邪悪な思念とか霊的なものは感じませんが』
「じゃあ開けていいか」
『空音?それはどこで拾ってきたんですか?』
カッターで封を開けようとしたわたしに鈴華は実に失礼なことをきく。
「あのね。わたしが年がら年中何か拾ってくるみたいなこと言わないでくれない?」
『違うんですか?』
・・・・・違わない気がしてきた。
「こ、これは玄関に置いてあったんだから拾ってきたうちに入らない入らない」
自己欺瞞だ。
『・・・・・』
鈴華を無視してカッターの刃を入れ、箱を開く。
ダンボール特有の臭いが鼻をつく。
中には。一つの小さな小瓶と、一枚の紙切れが入っていた。
瓶のまわりには衝撃緩和材みたいなもので埋まっている。
紙切れはその上に無造作に置いてあった。
わたしはそれをつまみあげる。
なにか書いてある。ちょっとかすれ気味のインクだ。
Memento Mori・・・?」
確か意味は―――死を想え。
何語だったっけ、確か英語ではなかった気がする。
む、微妙に不吉だ。
わたしは次に瓶を観察する。
そんなに大きくない瓶だ。わたしの片手ぐらいの高さだ。
全体は茶色のガラスで中が見えない。
あんまりいいガラスというか今のガラスとは違いところどころに気泡があるし
、全体的に厚い。蓋は黒い蓋で、コルク栓みたいな形をしている。
材質はコルクではないみたいだけど。
「何が入ってると思う?、鈴華
『空音、それ開ける気ですか』
「ん、まあ開けないと中に何が入ってるか分からないし」
わたしはそう言いつつも瓶を光にかざす。
ん、やっぱり何も見えないか。色が濃すぎる。
「持った感じでもなにも入ってないよこれ」
そういってわたしは軽く瓶をふる。
音もなにもしない。
鈴華、あけるけどいいよね」
『・・・・どうぞお好きに。止めたところで聞きはしないでしょうし』
わたしは栓を掴むと、一気にそれを引いた。
ポン、と小気味よい音がして、あっさり蓋はあいた。
・・・・何も起こらない。
わたしは瓶の中を覗く。空だ。
「空だね」
『よかったではないですか。そうそうお湯がそろそろ沸くのでは――――!」
鈴華?」
鈴華の息を呑む声に驚いてわたしはそちらを振り向く。
「―――」
驚いた。
そこには道化師の格好をした一人の男が立っていた。
なんで道化師?などと思ったが問題はそこじゃない。
どこから入った?まさか・・・
『そんな・・・私は何も感じなかった』
わたしは男を観察する。男は顔まで道化師のメイクをしていて顔の造形もよくわからない。
「あなた―――誰?」
「僕かい?僕に名前はないね今のところ。しかし、誰とはご挨拶だね。君がその中から出したのだろうに」
男は流暢な日本語でそう答える。わたしの能力の効果ではなく、日本語で喋っている。
「質問を変えましょう―――あなた、何?」
道化師はニヤリと笑う。
「僕はね、悪魔だよ」

                         ◆

坂下空音。現実的、非現実的を問わずあらゆる災厄に巻き込まれる少女。
これは彼女の日常をただ綴った、それだけの物語である。

 1話 ある日、道端で吸血鬼に -7-

公園。昼間はそれなりに人がいるのかもしれないが、この時間では人影がなくて当然だろう。わたしと和真は住宅街の片隅にある公園にリースさんの跡を追って侵入する。
いた。
彼女は広場の真ん中にひとり佇んでいる。その視線は斜め上を見ているみたいだ。
ジャングルジムの上。そこにエルクさんは影法師のように静かに立っている。
満月でもあれば様になったんだろうけど、あいにく今日は曇りだ。
ありていにいってしまえば結構間抜けではなかろうか。
わざわざジャングルジムの上で待たなくても。吸血鬼の美学ってやつだろうか。
先行していた和真が広場がよく見渡せる位置を見つけたようだ。
植え込みに手招きされる。そこに寝そべるようにして広場を観察する。
「何の用事?パパ。わたしはパパと話すことなんてないんだけどな」
綺麗な声だな、などという事を思う。その声は夜の公園によく響く。
「決まっているだろうリース。さあパパと一緒に家に帰ろう。ここまで来るのに結構大変だったんだぞ?」
エルクさんは優しげな声でそう彼女に呼びかける。
ジャングルジムから降りて話せよ、とは思うけど。
「そうね。入念に準備してパパのへそくりまで探し出したというのに、思ったより随分早かったわ」
対象的リースさんの声はかなり冷たい。よっぽど怒ってたんだなー。
「確かにパパが悪かった。しかしだな――――」
「しかしもかかしもないわ。わたしもね。パパガママとの結婚記念日にあんなことをしなければここまで怒ることはなかったわよ!わたしが言うまで忘れてたってどういうことよ!」
わたしは思わず頭をかかえた。そりゃリースさんが怒るのも無理はない。
それやられたらわたしでも怒るかも。
「―――」
エルクさんは沈黙で答える。まあ反省はしてるんだろうな。
わたしに交際申し込んだけど。
「話はそれだけ?じゃあわたしもいろいろ忙しいから失礼するわ。パパはさっさと家に帰ったら?」
そう言ってリースさんはエルクさんに背を向ける。
その背中に。
エルクさんは何気ない調子で言葉を投げかける。
「そんなにあのオガサワラとかいう男がいいかね」
リースさんの足が止まる。振り向いて自分の父親をにらみつける。
エルクさんは言葉を続ける。
「何年前だったかな。お前が珍しく男なんか家に連れてくるから良く覚えているよ。
あれから姿を見ないものだからてっきり何も無いものだと―――」
「彼をどうする気」
リースさんの声は半ば震えている。
「やめておけ。おまえには人間の男は向かん。寿命も普通の人間よりは遥かに長いのだぞ?あとあと辛くなるだけだ」
「嫌よ。わたしの勝手でしょ。パパに口出しされる謂れはないわ」
「ふん。ならば仕方ない。そうだな、娘を傷つけるのも忍びない。原因のほうをどうにかすることにしようか」
「させない・・・・・いくらパパでも彼に手をだしたら許さない」
・・・・えーと、なんかとんでもない展開になってるんですけど。
横の和真にボディランゲージで『これってやっぱりわたしのせい?』と訊く。
和真は手話で『遅かれ早かれこうなっていた。おまえのせいじゃない』と答える。
そうこうしてる間に。
「力ずくでも止めてみせる!」
リースさんがそう叫び、彼女の目が紅く光る。
「っ!」
と、同時に横の和真が顔をしかめる。
「まずい。あの娘さんのほうやる気だ」
え?と思うと同時に。
エルクさんが宙に舞い、彼のいた部分のジャングルジムが大きくへこむ。
外部から強い力で押し曲げられたように。
「・・・・PK」
呆然と呟く。
「ああ、サイコキネシスだな。ものすごい違和感だ」
「ほう、私とやる気かね。昼間ならまだしも、半分のお前が夜の私に勝てるとでも?」
エルクさんは優雅に着地し、リースさんを挑発している。
「ふん、念動力ならわたしのほうが上よ。やってみないとわからないでしょ?」
「わからずやにはお仕置きが必要みたいだな!」
こうして。吸血鬼とハーフの親子喧嘩は始まった。
「あああああ。想定した最悪の展開に・・・」
ぜんぜんこんな予想が当たっても嬉しくない。
「やっぱり止めた方がいいよね・・・?」
和真にそう弱々しく訊く。
和真は冷静に、
「しかし坂下。あれに割って入るのか?お、ベンチが飛んだ」
見れば重そうなベンチが軽々と宙を舞い、エルクさんめがけてすっ飛んでいた。
エルクさんはそれをその場から動かず、霧に体を変化させて避けている。
「B級映画でさ。吸血鬼対狼男とか、吸血鬼VSフランケンシュタインはみたような気がするけど吸血鬼対吸血鬼って覚えがないなあ。和真ある?」
現実逃避することにした。あんな人外の戦いどうしろというんだ。
「そういえば覚えがないな。鈴華さんなら知っているかもな。いや、そんなこと言っている場合ではないと思うが―――む、霧だけでなく父親の方は動物にも変化可か。実力派だな」
「コウモリにも変化できそうだね」
エルクさんの体から出た使い魔らしきものをリースさんは一匹はPKでねじ伏せ、もう一匹は素手で首筋を押さえて地面に叩きつけている。
「まだ二人ともお互いを殺す気はないようだが―――坂下。アレは持ってきているだろう。出せ」
う、やっぱり気づかれていたか。大人しくコートの内ポケットに入れていた物を出す。
夜の闇の中で見るそれはどこか禍々しく感じられる。
S&W 38口径リボルバー
念のため、と思って持ってきてしまった。
「ちょっと貸せ。・・・・PKは発動前に大体分かるからなんとかかわせるとは思うが・・・」
「バトルにもちこまずに説得するしかないよね・・・・だいたい銀の銃弾とか当てたくないよ・・・」
別にエルクさんとかを倒す気はないのだ。
心情的にはリースさんの味方をしたいが。
そんな相談をしていると。
この場にもう一人、乱入者が現れた。
「リース!」
二人の動きが止まる。
「・・・・友也」
リースさんが呆然と呟く。
乱入してきたのは件の小笠原氏だった。
エルクさんの目が細まる。
「駄目、友也、こっちに来ては!」
リースさんは狼狽して叫ぶ。まずい。
「和真、貸して」
なにやら弾倉を確かめていた和真の手から銃を奪う。
エルクさんの目が強く輝いて、友也さんに気をとられたリースさんPKでを吹き飛ばす。
エルクさんは滑るように小笠原さんの前に移動する―――途中で。
夜の公園に一つ。乾いた音が響いた。
「そこまでですエルクさん。それ以上は駄目です」
わたしは広場に踏み込んで、空にに向けて撃った銃を下ろす。
広場にいた全員が動きを止めてこちらを見る。
和真が一拍遅れて、私の横に並び、私の手から銃を無言で奪い返す。
う、じろりと睨まれた。
「ソラネ―――」
「はじめましてリースさん、小笠原さん。わたしは坂下空音。このたびエルクさんの頼みであなたたちを探すのを手伝ったものです。こっちは和真」
無視してわたしは話を進める。
「ソラネ、これは親子の問題だ。いくら君といえど、邪魔はさせんぞ」
「エルクさん、今、小笠原さんに何をしようとしました?」
できるだけ冷たい声音で言う。
「なに、すこし記憶をいじるだけだ。そこまでひどいことはせんよ」
やはりこの人はずいぶんとまともな吸血鬼だ。そうは思ったが、
「記憶をいじるというのは感心しません。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死んでしまいますよ?」からかうような口調で言い放つ。
「ソラネ―――わたしと戦う気かね?ただの人間ではわたしに傷一つつけられんよ?」
「そ、そうですよ、ええと・・空音さん?あのお気持ちは嬉しいんですけど、これはわたしたちの――」
リースさんも戸惑いながらわたしを諭す。
やっぱりこの親娘はいい人たちだなと思う。
わたしは和真に指の先で足をつついて合図する。
和真が無言で銃をエルクさんに向ける。
「銀の銃弾でも?」
わたしは余裕たっぷりといった感じでそう言い放つ。
エルクさんとリースさんが同時に目を見張る。
そりゃまあ普通そんなのまで用意してるとは思わないだろうけど。
それに一発あった唯一の銀の銃弾はもう撃ったから、今入ってるのは普通の弾丸である。
ようはハッタリである。
「―――本気かね」
エルクさんの声はまだ戸惑いが感じられるものの真剣に訊いてくる。
さて、ここから無理矢理でも説得に持っていかないと・・・・まともにやったらリースさんには勝ててもエルクさんには絶対に勝てまい。
たとえ本当に銀の銃弾がまだあったとしてもだ。
わたしはこの親娘が気に入ってしまったのでそういうのは嫌だし。
などとわれながら無計画にも程があるな、と考えていると。
「待ってください。リース。君は僕に嘘をついたね」
と小笠原さんが割って入った。立ち直り早いなあと密かに感心していると。
「友也、それは―――」
リースさんが目をそらす。
「君はようやくお父さんが交際を認めてくれたと僕に言ったね。それにしてはおかしかった。悪いけど君の荷物、見させてもらったよ。お父さん名義の保険証まで持ってくるのはどう考えてもおかしいと思ってたんだ。君といっしょにいられるのは嬉しいけど――」
おお、この人もずいぶんと出来た人だな、などと内心で喝采をあげるわたし。
「―ー―帰るんだ。世界でただ一人のお父さんなんだろ?あんまり心配させちゃ駄目だよ。僕と二度と会えないわけじゃない。いつでも会いにおいで。僕の血でよければいくらでもごちそうするから」
うーん、リースさん男運いいなあ。しかも吸血鬼ってちゃんと知って付き合ってるのか、偉いなあ。リースさんは涙目でうん、などと頷いている。ナイス説得。心で拍手を送る。
しかしこれは何時代のドラマだ。
――――などということを思うあたりわたしは冷めてるのだろうな。内心溜息をつく。
さてあとは――――。エルクさんの方を見る。
エルクさんは複雑そうな面持ちだ。
わたしは父親の気持ちなんてわからないけど、これ見せられてどうこういう狭量な人じゃないと思う。まあ一応あと一押ししておくか。
「エルクさん。あなたも奥さんと結婚したなら娘さんの気持ちがわからないわけじゃないでしょう?こんなこと他人のわたしが言えた義理じゃないですが――認めてあげてください。もとはといえばあなたが悪い。話を聞いている限りわたしでも怒ります」
「パパ――」
エルクさんは黙っている。
一度、静かに目を閉じ、
「わたしは先に帰る、リース。おまえも気が向いたら帰ってこい」
と言って背を向けた。
息をのむリースさんと小笠原さん。
和真が銃を静かに下ろす。
わたしも思わず微笑んでしまった。
「ありがとうございます」
その去り行く背中にむかって、小笠原さんは頭を下げた。
エルクさんは、溶けるように公園から姿を消した。
「一件落着かな」
思わず呟く。
「何が一件落着だ。俺の身にもなれ。寿命が縮まる」
和真から抗議の声が上がる。
「あはは、悪いとは思ってるよ?い、いいじゃん無事解決したんだから」
わたしは誤魔化すように視線を逸らす。
「ま、相変わらず土壇場の機転と決断力はさすがだがな・・・」
どこか呆れたような調子で和真は言う。
それにわたしが反論しようと口を開きかけたところで。
全身を力強く抱きしめられた。
「ソラネ!ありがとう!あなたがいなかったらどうなっていたことか!」
「!%#"?&」
リースさんに抱きしめられ、わたしは声にならない声を上げる。
しばらく抱きしめられていたが、小笠原さんに肩を叩かれ、リースさんは手を離す。
ようやく開放されたわたしは、
「い、いえわたしに責任がないともいえないし」
と目を白黒させながら言った。
「でも駄目よ?銃なんて持ってたら。というか銀の銃弾なんてどこで―――」
「銃も弾丸も和真が用意したものなのでわたしは知りません」
わたしはしれっとそう答える。本当のことだし。
「その用意した唯一の弾丸を威嚇で使った馬鹿はその女です」
馬鹿とはなんだ。
リースさんはその言葉を吟味していた様子だったが、
「ちょっ、ちょっ。さっきのハッタリなわけ!?・・・・・・・っ」
言葉の途中でリースさんは肩を震わせている。と、思ったら声を上げて大笑いされた。
「・・・ッハ、はは。ソラネ、貴方最高!最高よ!そんなのでパパに対抗しちゃうんだもの。これ知ったらパパなんて思うかしら。ああおかしい」
背中をバンバン叩かれる。ちょっと痛い。
「リース。そんなに笑っては失礼だ」
「あ、御免なさい」
ちろっとかわいく舌を出す。うーん美人がやると絵になるなあ。
「というか根本的な質問なんだけど貴方たち何者?ハンターか何か・・・ってわけでもなさそうよね」不思議そうに首をひねる。
「ただの女子高生です」
「ただのフィクサーだ」
二人してそう答える。わたしのはともかくただのフィクサーってなんだ、和真。
リースさんはわたしたちを交互にみつめ。
「訂正するわ。貴方達最高よ。仲良くね」
・・・ただの女子高生って信用してないな。いやいいけど別に。
「そうだ!ソラネ、電話番号とメールアドレス教えてくれない?交換しましょ?」
といって自分の手帳を破いてそれらをサラサラと書き、わたしに差し出す。
わたしも素直に自分の手帳を破いて書き、渡す。
「わたしがお役にたてることがあったら何でも言ってね!あなたは私たちの恩人だから!」
手を握られぶんぶん振られるわたし。
和真はなにやら小笠原さんに自分の名刺を渡し、
「なにかあったら連絡を。お互い大変だとは思いますが頑張りましょう」
などと聞きようによっては大変失礼なことを言っていた。
そうしてわたしたちに手を振りながら二人は仲良く公園から去っていった。
明るい人だなあ。
わたしたちも帰ろうか、と和真に言って公園を出ようとしたところで。

目の前にエルクさんが立っていた。

え?
和真も驚いている。気づかなかったところをみると、気を緩めていやがったな。
いやわたしもだけど。
「・・・・えっとお帰りになったんでは?」
わたしがおそるおそる聞く。
「まことに申し訳ないんだが・・・・・交通費を貸してくれんかね」
あ。そういえばこの人お金に困ってたんだった。

                        ◆

結局、和真がお金を貸した。
近々返す。二人とも元気で、と言ってエルクさんは今度こそ帰っていった。
「今度こそ本当に解決。よかったよかった。」
わたしは大きく伸びをする。
「まあ本格的な戦闘にならなくてよかった言うべきだな」
「そうだよね、銀の弾丸が1発じゃあねえ」
とあいずちをうつと。和真は複雑そうな顔をして。
「坂下に渡したやつな、俺のバックアップガンでな」
はあ。
「俺のメイン銃の弾倉は今全部銀の弾丸だ。ついでに坂下のも全部銀の弾丸に交換しようと思ったが、その前にお前が突っ込んだ」
はい?
「あとこんなのも用意した」
懐からなにやら棒状の物体を取り出した。
筒状の物体の先に白い尖った棒状のものが付いている。
「・・・・それは?」
なんとなく想像がついたが聞いてみる。
「火薬でな、白木の杭を打ち出すんだ。あんまり飛ばんので接触しないと意味は無かろうが。杭自体はただのそこらのトネリコしか用意できなかったのが残念だ」
・・・・こいつは。わたしはお手上げのポーズでそれに答えた。

                         ◆

こうして。今回のわたしが巻き込まれたトラブルは終結した。
現在、わたしの携帯のメモリーには世にも珍しい、吸血鬼の連絡先が眠っている。

 1話 ある日、道端で吸血鬼に -6-

一直線に帰宅したわたしは挨拶もそこそこに、
部屋から持ち出したこの町の地図をリビングに広げる。
四方に重しを置いて固定する。ついていたTVの音量を下げる。
『おかえりなさい。・・・・・もうみつかったんですか?』
臨戦態勢に入りつつあるわたしを見て鈴華はそんな感想をもらした。
「うん、悪いけどエルクさん起こしてきて」
『わかりました。あ、TV消しといてください』
片手で無造作にリモコンを叩くとTVはおとなしく沈黙する。
次に和真にメールを送る。
30秒ほどして折り返し携帯が鳴る。
即座に出る。
『現在駅前のデパート』
「町のど真ん中だね」
わたしは適当なあいづちをうつ。
『車で来ているようだ。今駐車場に入っていった。車体は白。一度切るぞ。』
切れた。リビングに入ってきたエルクさんにその話をすると、
「多分わたしの車だろう。白のカローラだ」
「え、日本車なんですか」
絶対外車だと思っていた。しかし車まで持ち出されてるのか。
「車は日本車に限る」
エルクさんはきっぱりとそう断言した。まあいいけど、イメージと違うなあ。
携帯が鳴り、メールの着信を告げる。
車種とナンバーが書いてある。
エルクさんに見せると、
「それに間違いない」
だ、そうなのでその旨をメールで伝える。
すると今度は電話がかかってきた。
『今デパート内だが・・・・・問題がある。男連れだ』
わお。なんか雲行きが怪しくなってきたんですけど・・・・・?
今のが聞こえたのかエルクさん、お顔が凄みのあるものになっている。
「と、とりあえず尾行を続行して?」
『了解、また連絡する。ああ、そうだそろそろそっちに荷物が着くと思う。受け取っておいてくれ』
そう言い残して電話は切れた。
・・・・・・リビングには沈黙がおちる。
「そ、そのまだ決まったわけではないですから」
「なにがだね?」
墓穴を掘った。にこやかなのが逆に怖いんですけど。
鈴華はこんなときに限って黙っているし。
そこに実にタイミングよくインターホンが鳴る。
わたしはとりあえず気をとりなおして応対することにした。

                        ◆

荷物は血液パック全血液型セットだった。
相変わらすどうやってこんなの入手してくるんだろう・・・謎だ。
あれから2時間後。わたしが制服から着替えて、家事一般を一通り終えたところで、
ようやく和真からメールがある。
『現在柊町一丁目交差点』
「柊町・・・・って住宅街よね確か」
地図を眺めてそう呟く。
エルクさんはうろうろとリビングをうろついていたが、わたしの『食事にしたらどうです?』との勧めに従い、輸血パックの血を先ほど飲んで、お腹一杯になったのかソファにゆったり座っている。さっきのはお腹が空いてイライラしてたのかななどと思いつつ。
10分後。
再び鳴った電話を取る。
『ヤサが割れたぞ。マンション―――と書いてあるがこれはアパートだな。場所は――』
和真が言った場所をメモする。
「あんがと和真。これからどうする?一回帰ってくる?エサぐらいあげてもいいけど」
『―――坂下。悪いニュースだ。心して聞け。―――俺の見た限りあれはどう見てもラブラブ同棲カップルだ』
和真は真面目に『ラブラブ同棲カップル』などと似合わない言葉を口にする。
いつもならそれをからかっているところだが、いまのわたしはエルクさんの反応を伺うので精一杯だ。
『ポスト確認。名前は――小笠原とあるな』
「オガサワラ?」
エルクさんが不思議そうな声音でつぶやく。
「心当たりでも?」
わたしは首をひねっているエルクさんにそう質問する。
「どこかで聞いたような・・・いつだったか・・」
もどかしい、とでもいうように眉根を寄せて考え込んでいる。
『俺は一旦帰還する。いいな?』
「あいさー。ご苦労さま」
電話を切る。
「エルクさんどうします?見つかりましたけど」
わたしはメモをひらひらエルクさんに示しながら、ついでに窓の外を見る。
まだ完全に日は落ちきっていない。綺麗な茜色が見えた。
「ありがとうソラネ。世話になった。あとは親子間の問題だ。これは自宅の電話番号だ。なにか力になれることがあったら連絡してくれたまえ」
エルクさんはどこかすっきりとした顔で、わたしに電話番号を書いたメモを押し付けると、地図でわたしがメモした住所の位置を確認し、わたしが止める間もなくリビングから風のように去っていった。
あまりの速さに、しばしあっけにとられていると、鈴華
『よかったですね。思ったより早く解決して』
せいせいした、とばかりにそう言った。
うんまあこれで今回は解決、なのだろうけれど。
(少なくともわたしにとっては、である。あとはエルクさんの言うとおり家庭の事情だ)
わたしはしばし考え込んで、結局、携帯に手を伸ばした。

                        ◆

そろそろ本格的に冬のはじまりかな、などと思いつつわたしはスクーターを走らせる。
どうしてもエルクさんのすっきりとした顔が気になって、わたしは結局現場にむかうことにした。鈴華にはさんざん文句を言われ、『どうしても行くというのなら私をつれていってください!』との言葉も結局は黙殺し、(鈴華の本体が入っている箱は立派で持ち運びにくい。急いでいるので安全運転するとは限らないし。落としたら事だ)一人で夜の道を行く。
結局和真に引き返してもらってそのままアパートを見張ってもらうことにした。
この寒空の下ご苦労様なことだけど。
エルクさんの足がどのくらい速いかは知らないけど、(吸血鬼なんだから屋根を伝って移動するとかありそうだが)わたしのほうが早いだろう。土地勘もあることだし。
現場に到着する。
マンション―――と書いてあるが和真の言うとおりこれはアパートだろうな、などと思っていると、電話が鳴る。
『お前からみて右後ろだ』
視線をやると、入り口を見張れる位置に和真がいた。アパートの敷地内に侵入して上手く物陰に隠れているようだ。
わたしはスクーターを路注し、忍び足でそこまで行くと、
「エルクさんは?」
「まだだ」
よかった。先んじることができたようだ。
「お人良しめ」
和真はわたしを見ながらそんなことを言う。
わたしは顔をそむける。うるさい。そんなことはわかっている。
最後まで見届けないと気持ち悪いというのもあるし。
「あんたバイクはどうしたの」
「そのへんに止めてある」
などと言う会話を交わしつつ、わたしも和真の横に入り込む。
おお、良い位置取りだ。
さて、あとは待つことにしよう。

                        ◆

30分たった。
「来ないな」
「来ないね」
まさか迷ってるとかじゃないだろうけど。・・・・まさかね。
なんかものすごく馬鹿なことをやっているような気がしてきた頃。
動きがあった。逆の。
アパートから二人――リースさんと小笠原さん――が出てきたのだ。
確かに仲良く手なんか繋いでいる。
「う、どうしよう」
「尾けるしかあるまい」
わたしたちは気づかれないようにこっそり二人の後を追う。
背中しか見えないが、相手の男の人は結構背が高い。
和真よりちょっと高いかな、などと思いながら横をちらりと見る。
人通りも少ない道を距離をおいて尾行する。
こんな時間にどこに行くのかな、と思ったが、案の定というかなんというか。
コンビニだった。
「どうする?わたしたちも入る?」
「いまのところ気づかれていないと思うが―――まあ不用意な接触は―――それとも寒いか」途中で気づいたように和真はそんなことを言う。
「ん、別に。厚着してきたし」
わたしはそう答える。まあ実際そんなに寒くはなかった。
「行って様子を見て来い。俺は昼間から尾けているから万一ということもある」
まあそりゃコンビニの中のほうがあったかいのは確かだけど。
「ん、じゃあついでに買い物してくるね。飲み物何がいい?」
「コーヒー」
了解、と返事をしてわたしはコンビニにむかった。
入ってまず二人の位置を確認する。
他にも数人の客がいる。二人はドリンクコーナーでお酒を選んでいた。
わたしはとりあえず雑誌コーナーに。
適当な雑誌を手に取り、横目で二人を観察する。
なるほど確かに仲がよさそうだ。
リースさんは写真の通りの美人だった。もちろん犬歯は伸びていなかったが。
ハーフが美人っていうのは本当なんだなあとしみじみ思う。
相手の小笠原さんは20代ぐらいか。割合日本人にしては彫りが深い顔立ちで、こちらもまた相当なハンサムさんである。
わたしがコーヒーとホットの烏龍茶をレジに持っていき、お金を払っていると。
リースさんが弾かれたように面を上げ、一瞬空中を見つめる。
そして、小笠原さんに何事か小声で話すと、ウィンク一つしてコンビニから颯爽と出て行った。わたしはあわてて後を追うためにコンビニを出た。
左右を見回す。もう彼女の背中は遠くなっていた。
足はやいなあ。・・・・・などと言っている場合じゃなかった。
追いかけないと、と思っていると。和真がこっちに近づいてきた。
「あ、今―」
「来たぞ」
わたしの言葉を和真は遮る。
「来たって、エルクさん?」
「ああ。今彼女がすっとんでいった方向だ」
うああ。お互いわかるんだ・・・さすが親子。
「追うぞ。多分―――公園だ」
和真はさっさと歩き出す。
わたしはコンビニの袋を片手にあわてて後を追った。

 1話 ある日、道端で吸血鬼に -5-

結局、紙袋のままわたしの部屋に放り込むことにした。
リビングが玄関から一番奥にある構造でよかったといえる。
リビングに戻ったわたしはエルクさんに開いている部屋に案内する。わたしの保護者―――いま海外だけど―――が使っていた部屋だ。多少埃くさいが、定期的に掃除しているためそうひどくはない。ベッドもあるし。エルクさんが普段どんな所で寝てるかは知らないが(古式ゆかしく棺桶というのも十分ありうる)我慢してもらうことにした。
エルクさんは、
「夜に寝るのも久しぶりだ」
と言って、すぐさまベッドに横になってしまった。
お風呂はいいんだろうかと思ったが、疲れてるんだろうと思い、
わたしはそっとドアを閉めてリビングに戻る。
『空音。火曜サスペンスが見たいのですが』
鈴華からそう催促がある。時計を見るとたしかに9時を2分ほど過ぎていた。
鈴華はこうやって人の形をとれて、会話もできるけど物に触れることは一切できない。
当然だが、昼間はわたしは学校に行く。残った鈴華は必然的に暇になる。
となるとTVが趣味になるのも頷ける話ではあるのだけど―――鈴華は自分でTVをつけることができない。リモコンのボタンも押せないのである。
仕方なく鈴華のために朝からTVは付けっぱなしで学校に行くということも多い。
これでもチャンネルは変えれないという欠点はあるのだけれど。
ちなみにフォローできないものはビデオにしっかり撮っている。
予約するのはわたしなのだけれど。
それでもって夜も鈴華はTV三昧である。
わたしの横、もしくはひとりリビングでTVを見ていることが多い。
もはやTV中毒である。ジャンルも時代劇からニュースからバラエティからとまあ節操が無い。どこかに付喪神にも触れるTVでもないものか。
わたしは無言でTVをつける。
『今日は警部補 佃次郎ですから見逃せません』
楽しげに鈴華は言う。
たぶん鈴華は日本一火曜サスペンスが好きな付喪神だろう。
わたしとしてはいっそ自分が煮詰まってしまえと思わなくもないが。
まあいいんだけれど。
わたしは食器を片付けてお風呂に入り、さっさと自分の部屋にひっこむことにした。

                        ◆

『空音、朝ですよ』
鈴華の声で目が覚めた。
ベッドから身を起こす。
「起きた」
と寝ぼけた声で返事をしながら時計を見る。いつもの時間。
わたしは寝起きはそんなに悪い方ではない。
「エルクさんは?」
ベッドから這い出して扉のむこうにいるであろう鈴華に声をかける。
鈴華はわたしの返事がないかぎり部屋には入ってこない。
壁抜けぐらいできるのだろうけど。
わたしのプライバシーを尊重しているのだろう、多分。
『まだ寝ているみたいですけど』
そりゃそうか。吸血鬼にとっては今が夜みたいなもんだろうし。
「んじゃ朝ご飯はいいか」
わたしは洗面所を経由してキッチンへ向う。
お湯を沸かす。コーヒーを入れる準備。
わたしは豆からとは言わないが、粉から入れることにしている。
食パンをオーブントースターに放りこんで、フライパンを過熱する。
冷蔵庫をあさってベーコンを引っ張り出す。
ベーコンをフライパンに乗せると香ばしい音がする。
卵を割って塩コショウ。蓋をする。
お湯が沸いたらコーヒーを淹れて、
オーブントースターのタイマーを捻り、冷蔵庫からヨーグルトとマーマレードを出す。
わたしはパンにはマーマレード派だ。
あとは適当にレタスをそえて終わり。
朝食の完成である。今朝はわりとボリュームがあるほうだ。
パンとヨーグルトとコーヒーだけというときもまま、あるからだ。
ニュースを見ながら朝食を食べ、そのあと新聞をとってきてざっと読む。
日経よんでる女子高生も珍しいとは思うけど。
そんなこんなで時間。制服に着替えて洗面所で身なりをチェック。鞄を持つ。
「じゃあエルクさんによろしく言っといて」
鈴華にそう伝言して玄関を出る。
返事が渋々だったのは気のせいではないだろう。


                        ◆

さて、いつも通りの学校生活を過ごして、放課後。
ちなみに和真は学校に来ていなかった。一応和真のクラスは覗いてみたのだが。
帰宅部の生徒に混じって下校する。(わたしは一応籍だけ文芸部に置いている。いわゆる幽霊部員というやつだ)
と、軽快な音が鞄から鳴る。
和真からだ。メールの着信。
メールを開く。
『発見した。追尾中』
「早っ」
思わずそう声を上げる。
まさか1日もたたずに見つかるとは。
『現在帰宅中。帰りしだい再度メールする』
と返信して、わたしは早足で帰宅の途についた。
若干茜色に染まりつつある空は、どこか血の色をわたしに連想させた。
さて、無事に解決するといいけれど。

 1話 ある日、道端で吸血鬼に -4-

リビングの扉が開く。
「来たぞ、坂下」
入ってきたのは、緑丘和真。わたしと同い年の少年である。
どことなく陰がある、といえばカッコイイがわたしにいわせれば地味目というだけだろう。
顔はわりといい部類に入るか。
ちなみに同じ学校に通っていたりする。
学校で会話した覚えはほとんどないな、そういえば。
和真はちらり、とエルクさんの方を見ると、軽く会釈をした。
「で、どう?見た感じ」
私は大皿に盛り付けたチャーハンをテーブルに運びながら訊ねる。
「これだけはっきり違うと問題ない」
「よかった。食べてくでしょ?」
「いらんとは言わんが」
和真は素直にテーブルにつき、人のいない椅子を見ながら、
「よく鈴華さんが許可したな」
と言った。
『ほら、聞きましたか空音。わたしは正しい。和真様からももっと言ってやって下さい』
無視する。
「まあ、なんとか、ね」
『空音、ちゃんと通訳してください』
無視する。
「抗議の声が上がっているようだが」
和真は冷静に突っ込む。
「う、あんた聞こえないんだよね?」
「聞こえんが、これだけ荒れてるとわかる」
和真は鈴華が座っているであろう椅子を眺めながらそう言う。
スプーンと皿を手渡す。ちなみに普通の鉄製だ。
エルクさんも食べられるとのことだったので、エルクさんにも配る。
「ソラネ、彼が―――?」
「はい、探す人です」
「よろしく」和真はかるく頭を下げる。
「いや、こちらこそ―――」
エルクさんはどこか圧倒されている様子だったが、そう返した。
「とりあえず話は食事の後ということで」
わたしはそう言うと、いただきます、と手を合わせて一緒に配ったもずくスープにとりかかった。

                        ◆

食事が済んで、ソファーに移動したわたしたち3人。
和真はエルクさんと向かい合わせに座っている。
私はその横で食後のコーヒーをすすっている。
ちなみにわたしはコーヒー党だ。
「ではちょっと失礼します」
和真はエルクさんにそう断ると、手を握る。
和真の瞳孔が見開き、一瞬で元に戻る。
「調整終了」
和真は手を離す。
彼も私と同じく才能――能力を持っている。それは『あらゆる違和感を感知する』というもので、少しでも普通と違うと『なんとなく』わかるそうだ。
普通というのがどういう定義で決められているのは定かでないが、ある程度その定義――というか感知の度合いを調整することが可能なのだそうだ。
わたしと彼が知り合ったのも彼のこの能力にわたしの体質が引っ掛かったせいである。
今はおそらく吸血鬼と普通の人間との違いをより明確に感じられるようにしたのだろう。
「これでだいたい近くにいればわかる、と思う。それに実の親子だというのなら大体の感じが似ているはずだから」 
「よし、これでなんとかなる、かな。見つけたら連絡よろしく。じゃあエルクさんは家でのんびりしておいて下さい。」
「いやそういうわけには―――」
「どうせ昼間は動きにくいでしょう?いいからどっしり構えて下さい」
鈴華の呆れた視線を感じる。
・・・・いいじゃないか。
ここまで関わったらさっさと見つけて二人仲良く帰っていただくしかない。
「エルクさん。俺から質問が。銀は効きますか?」
「和真。絶対駄目だからね」
思わずわたしが割って入る。
「しかし、万一のことを考えて自衛のための手段は必要だ。銀はまだ入手が容易だから訊いてみただけだ」
「それなら攻撃手段じゃない麦とか蒔いたら思わず拾っちゃうのかとかニンニクは本当に効くのかとか、結び目は解かずにはいられないとか訊きなさいよ・・・」
「川に投げ込んだら死ぬのかとか訊いたほうが良かったか?まあどのみち太陽光に対する耐性は聞く予定だったが」
思わずにらみ合う。エルクさんは呆れたようにわたしたちを見ていたが、
「質問があるのだがね。昨今の学生は吸血鬼に対する知識は常識なのかね?君達が例外なのは分かるが、かなり我々に対する知識があるように見えるのだが」
「一応文学少女ですから」
こちとらエイブラハム・ストーカから冬目景まで吸血鬼物は読んでいるのだ。
舐めてもらっては困る。
「坂下に付き合っていると余計な知識を増やさざるを得ないので」
なんかむかつくコメントだ。ちゃんとお金払ってるでしょうが。
「む、あんたもしかして銀とか別料金?」
「当然だ」
ケチ。
「もう一つ質問があるのだがね。君等の関係は何かね?最初は恋人かと思ったのだが」
「クライアントだ」「お金だけの関係です」
『その言い方は問題がありますよ空音』
鈴華の言葉は黙殺する。嘘は言ってない。
「わざと言ってるだろう・・・まあまるきり間違いというわけでもないか。ちなみに恋人は断じてありえません」
その言い方は凄くムカツク。断じてとか言われるとさすがに乙女心が少しは傷つく。
『・・・・・二人ともなんというか』
エルクさんは苦笑している。
「まあいいさ。質問にこたえようカズマ。銀は効く。あれは半分だが効くはずだ。
 それから間違っても教会には行かないだろうな。十字架も一応効くぞ。霊気がこもってなければ意味はなかろうが。流水は・・・カナズチなだけだ。太陽に対する耐性はわたしより高い。昼間でも出歩けるだろうさ。直射日光は嫌いなようだが。結び目の類だがそりゃほどきたくはなるがね。強制力はない。」
「了解しました。参考になります。では、行って来る」
そう言って和真は立ち上がる。
相変わらずそっけないというか。
「ん、あんがと。またねー」
「私も手伝おう。いくらなんでもそこまでお世話になるわけにはいかん」
「いや、あんたは寝てるべきだ。ずいぶん疲労が貯まってる。今日は養生したほうがいい」
エルクさんが驚く。
あ、さっき感じとりやがったな。
そして和真コートを着て、リビングの扉にむかう。
和真はリビングを出る前にこちらをチラ、と見る。
ん、なんか指で呼んでる。何か用事のようだ。
わたしの反応を確かめて、和真はリビングを出て行った。
わたしは続けてリビングを出ようとし、聞き忘れたことを思い出した。
エルクさんに振り返ってたずねる。
「そうだ、エルクさん、輸血パック大丈夫ですか?」

                        ◆

玄関で和真は靴を履いて待っていた。
「何?」
「これを一応持っておけ」
懐からなにやら取り出し、わたしの手の中に乗せる。
がくんときた。重い。
なにやら紙袋につつまれたそれは結構な重さだった。
「・・・・これは?」
「S&W、38口径リボルバーだ」
スミスアンドウエッソン。と頭で繰り返してから。
「じゅ、銃じゃない!」
びっくりした。
「一応一発だけ銀の弾を・・・ん?どうした?」
『どうした?』じゃない。
日本では一般人は銃をもてないことになっているのだ。
かよわい女の子に何を渡してるんだ、と目で訴えると、
「銃撃ったことあるだろ?ニューナンブ。あれと同じ38口径だぞ」
いやあるけど。あれは仕方なく。
「あいにく大聖堂の銀十字は手に入らなかったが、勘弁してくれ」
30分でこれが出てくるあんたが恐ろしい。
「いいか。大丈夫そうではあるが、自分の身は自分で守れよ」
真剣な顔で言われた。
はあ。一応心配してくれてることになるのだろうか。
返しにくくなってしまった。
じゃ、と言って和真は玄関を出て行こうとするので、
「あ、和真悪いんだけど輸血パック――」
「手配してある」
あ、さいですか・・。
バタン、とドアを閉めて和真は出て行った。
・・・・・しかしどうしろというのだこれ。