1話 ある日、道端で吸血鬼に -6-

一直線に帰宅したわたしは挨拶もそこそこに、
部屋から持ち出したこの町の地図をリビングに広げる。
四方に重しを置いて固定する。ついていたTVの音量を下げる。
『おかえりなさい。・・・・・もうみつかったんですか?』
臨戦態勢に入りつつあるわたしを見て鈴華はそんな感想をもらした。
「うん、悪いけどエルクさん起こしてきて」
『わかりました。あ、TV消しといてください』
片手で無造作にリモコンを叩くとTVはおとなしく沈黙する。
次に和真にメールを送る。
30秒ほどして折り返し携帯が鳴る。
即座に出る。
『現在駅前のデパート』
「町のど真ん中だね」
わたしは適当なあいづちをうつ。
『車で来ているようだ。今駐車場に入っていった。車体は白。一度切るぞ。』
切れた。リビングに入ってきたエルクさんにその話をすると、
「多分わたしの車だろう。白のカローラだ」
「え、日本車なんですか」
絶対外車だと思っていた。しかし車まで持ち出されてるのか。
「車は日本車に限る」
エルクさんはきっぱりとそう断言した。まあいいけど、イメージと違うなあ。
携帯が鳴り、メールの着信を告げる。
車種とナンバーが書いてある。
エルクさんに見せると、
「それに間違いない」
だ、そうなのでその旨をメールで伝える。
すると今度は電話がかかってきた。
『今デパート内だが・・・・・問題がある。男連れだ』
わお。なんか雲行きが怪しくなってきたんですけど・・・・・?
今のが聞こえたのかエルクさん、お顔が凄みのあるものになっている。
「と、とりあえず尾行を続行して?」
『了解、また連絡する。ああ、そうだそろそろそっちに荷物が着くと思う。受け取っておいてくれ』
そう言い残して電話は切れた。
・・・・・・リビングには沈黙がおちる。
「そ、そのまだ決まったわけではないですから」
「なにがだね?」
墓穴を掘った。にこやかなのが逆に怖いんですけど。
鈴華はこんなときに限って黙っているし。
そこに実にタイミングよくインターホンが鳴る。
わたしはとりあえず気をとりなおして応対することにした。

                        ◆

荷物は血液パック全血液型セットだった。
相変わらすどうやってこんなの入手してくるんだろう・・・謎だ。
あれから2時間後。わたしが制服から着替えて、家事一般を一通り終えたところで、
ようやく和真からメールがある。
『現在柊町一丁目交差点』
「柊町・・・・って住宅街よね確か」
地図を眺めてそう呟く。
エルクさんはうろうろとリビングをうろついていたが、わたしの『食事にしたらどうです?』との勧めに従い、輸血パックの血を先ほど飲んで、お腹一杯になったのかソファにゆったり座っている。さっきのはお腹が空いてイライラしてたのかななどと思いつつ。
10分後。
再び鳴った電話を取る。
『ヤサが割れたぞ。マンション―――と書いてあるがこれはアパートだな。場所は――』
和真が言った場所をメモする。
「あんがと和真。これからどうする?一回帰ってくる?エサぐらいあげてもいいけど」
『―――坂下。悪いニュースだ。心して聞け。―――俺の見た限りあれはどう見てもラブラブ同棲カップルだ』
和真は真面目に『ラブラブ同棲カップル』などと似合わない言葉を口にする。
いつもならそれをからかっているところだが、いまのわたしはエルクさんの反応を伺うので精一杯だ。
『ポスト確認。名前は――小笠原とあるな』
「オガサワラ?」
エルクさんが不思議そうな声音でつぶやく。
「心当たりでも?」
わたしは首をひねっているエルクさんにそう質問する。
「どこかで聞いたような・・・いつだったか・・」
もどかしい、とでもいうように眉根を寄せて考え込んでいる。
『俺は一旦帰還する。いいな?』
「あいさー。ご苦労さま」
電話を切る。
「エルクさんどうします?見つかりましたけど」
わたしはメモをひらひらエルクさんに示しながら、ついでに窓の外を見る。
まだ完全に日は落ちきっていない。綺麗な茜色が見えた。
「ありがとうソラネ。世話になった。あとは親子間の問題だ。これは自宅の電話番号だ。なにか力になれることがあったら連絡してくれたまえ」
エルクさんはどこかすっきりとした顔で、わたしに電話番号を書いたメモを押し付けると、地図でわたしがメモした住所の位置を確認し、わたしが止める間もなくリビングから風のように去っていった。
あまりの速さに、しばしあっけにとられていると、鈴華
『よかったですね。思ったより早く解決して』
せいせいした、とばかりにそう言った。
うんまあこれで今回は解決、なのだろうけれど。
(少なくともわたしにとっては、である。あとはエルクさんの言うとおり家庭の事情だ)
わたしはしばし考え込んで、結局、携帯に手を伸ばした。

                        ◆

そろそろ本格的に冬のはじまりかな、などと思いつつわたしはスクーターを走らせる。
どうしてもエルクさんのすっきりとした顔が気になって、わたしは結局現場にむかうことにした。鈴華にはさんざん文句を言われ、『どうしても行くというのなら私をつれていってください!』との言葉も結局は黙殺し、(鈴華の本体が入っている箱は立派で持ち運びにくい。急いでいるので安全運転するとは限らないし。落としたら事だ)一人で夜の道を行く。
結局和真に引き返してもらってそのままアパートを見張ってもらうことにした。
この寒空の下ご苦労様なことだけど。
エルクさんの足がどのくらい速いかは知らないけど、(吸血鬼なんだから屋根を伝って移動するとかありそうだが)わたしのほうが早いだろう。土地勘もあることだし。
現場に到着する。
マンション―――と書いてあるが和真の言うとおりこれはアパートだろうな、などと思っていると、電話が鳴る。
『お前からみて右後ろだ』
視線をやると、入り口を見張れる位置に和真がいた。アパートの敷地内に侵入して上手く物陰に隠れているようだ。
わたしはスクーターを路注し、忍び足でそこまで行くと、
「エルクさんは?」
「まだだ」
よかった。先んじることができたようだ。
「お人良しめ」
和真はわたしを見ながらそんなことを言う。
わたしは顔をそむける。うるさい。そんなことはわかっている。
最後まで見届けないと気持ち悪いというのもあるし。
「あんたバイクはどうしたの」
「そのへんに止めてある」
などと言う会話を交わしつつ、わたしも和真の横に入り込む。
おお、良い位置取りだ。
さて、あとは待つことにしよう。

                        ◆

30分たった。
「来ないな」
「来ないね」
まさか迷ってるとかじゃないだろうけど。・・・・まさかね。
なんかものすごく馬鹿なことをやっているような気がしてきた頃。
動きがあった。逆の。
アパートから二人――リースさんと小笠原さん――が出てきたのだ。
確かに仲良く手なんか繋いでいる。
「う、どうしよう」
「尾けるしかあるまい」
わたしたちは気づかれないようにこっそり二人の後を追う。
背中しか見えないが、相手の男の人は結構背が高い。
和真よりちょっと高いかな、などと思いながら横をちらりと見る。
人通りも少ない道を距離をおいて尾行する。
こんな時間にどこに行くのかな、と思ったが、案の定というかなんというか。
コンビニだった。
「どうする?わたしたちも入る?」
「いまのところ気づかれていないと思うが―――まあ不用意な接触は―――それとも寒いか」途中で気づいたように和真はそんなことを言う。
「ん、別に。厚着してきたし」
わたしはそう答える。まあ実際そんなに寒くはなかった。
「行って様子を見て来い。俺は昼間から尾けているから万一ということもある」
まあそりゃコンビニの中のほうがあったかいのは確かだけど。
「ん、じゃあついでに買い物してくるね。飲み物何がいい?」
「コーヒー」
了解、と返事をしてわたしはコンビニにむかった。
入ってまず二人の位置を確認する。
他にも数人の客がいる。二人はドリンクコーナーでお酒を選んでいた。
わたしはとりあえず雑誌コーナーに。
適当な雑誌を手に取り、横目で二人を観察する。
なるほど確かに仲がよさそうだ。
リースさんは写真の通りの美人だった。もちろん犬歯は伸びていなかったが。
ハーフが美人っていうのは本当なんだなあとしみじみ思う。
相手の小笠原さんは20代ぐらいか。割合日本人にしては彫りが深い顔立ちで、こちらもまた相当なハンサムさんである。
わたしがコーヒーとホットの烏龍茶をレジに持っていき、お金を払っていると。
リースさんが弾かれたように面を上げ、一瞬空中を見つめる。
そして、小笠原さんに何事か小声で話すと、ウィンク一つしてコンビニから颯爽と出て行った。わたしはあわてて後を追うためにコンビニを出た。
左右を見回す。もう彼女の背中は遠くなっていた。
足はやいなあ。・・・・・などと言っている場合じゃなかった。
追いかけないと、と思っていると。和真がこっちに近づいてきた。
「あ、今―」
「来たぞ」
わたしの言葉を和真は遮る。
「来たって、エルクさん?」
「ああ。今彼女がすっとんでいった方向だ」
うああ。お互いわかるんだ・・・さすが親子。
「追うぞ。多分―――公園だ」
和真はさっさと歩き出す。
わたしはコンビニの袋を片手にあわてて後を追った。