1話 ある日、道端で吸血鬼に -5-

結局、紙袋のままわたしの部屋に放り込むことにした。
リビングが玄関から一番奥にある構造でよかったといえる。
リビングに戻ったわたしはエルクさんに開いている部屋に案内する。わたしの保護者―――いま海外だけど―――が使っていた部屋だ。多少埃くさいが、定期的に掃除しているためそうひどくはない。ベッドもあるし。エルクさんが普段どんな所で寝てるかは知らないが(古式ゆかしく棺桶というのも十分ありうる)我慢してもらうことにした。
エルクさんは、
「夜に寝るのも久しぶりだ」
と言って、すぐさまベッドに横になってしまった。
お風呂はいいんだろうかと思ったが、疲れてるんだろうと思い、
わたしはそっとドアを閉めてリビングに戻る。
『空音。火曜サスペンスが見たいのですが』
鈴華からそう催促がある。時計を見るとたしかに9時を2分ほど過ぎていた。
鈴華はこうやって人の形をとれて、会話もできるけど物に触れることは一切できない。
当然だが、昼間はわたしは学校に行く。残った鈴華は必然的に暇になる。
となるとTVが趣味になるのも頷ける話ではあるのだけど―――鈴華は自分でTVをつけることができない。リモコンのボタンも押せないのである。
仕方なく鈴華のために朝からTVは付けっぱなしで学校に行くということも多い。
これでもチャンネルは変えれないという欠点はあるのだけれど。
ちなみにフォローできないものはビデオにしっかり撮っている。
予約するのはわたしなのだけれど。
それでもって夜も鈴華はTV三昧である。
わたしの横、もしくはひとりリビングでTVを見ていることが多い。
もはやTV中毒である。ジャンルも時代劇からニュースからバラエティからとまあ節操が無い。どこかに付喪神にも触れるTVでもないものか。
わたしは無言でTVをつける。
『今日は警部補 佃次郎ですから見逃せません』
楽しげに鈴華は言う。
たぶん鈴華は日本一火曜サスペンスが好きな付喪神だろう。
わたしとしてはいっそ自分が煮詰まってしまえと思わなくもないが。
まあいいんだけれど。
わたしは食器を片付けてお風呂に入り、さっさと自分の部屋にひっこむことにした。

                        ◆

『空音、朝ですよ』
鈴華の声で目が覚めた。
ベッドから身を起こす。
「起きた」
と寝ぼけた声で返事をしながら時計を見る。いつもの時間。
わたしは寝起きはそんなに悪い方ではない。
「エルクさんは?」
ベッドから這い出して扉のむこうにいるであろう鈴華に声をかける。
鈴華はわたしの返事がないかぎり部屋には入ってこない。
壁抜けぐらいできるのだろうけど。
わたしのプライバシーを尊重しているのだろう、多分。
『まだ寝ているみたいですけど』
そりゃそうか。吸血鬼にとっては今が夜みたいなもんだろうし。
「んじゃ朝ご飯はいいか」
わたしは洗面所を経由してキッチンへ向う。
お湯を沸かす。コーヒーを入れる準備。
わたしは豆からとは言わないが、粉から入れることにしている。
食パンをオーブントースターに放りこんで、フライパンを過熱する。
冷蔵庫をあさってベーコンを引っ張り出す。
ベーコンをフライパンに乗せると香ばしい音がする。
卵を割って塩コショウ。蓋をする。
お湯が沸いたらコーヒーを淹れて、
オーブントースターのタイマーを捻り、冷蔵庫からヨーグルトとマーマレードを出す。
わたしはパンにはマーマレード派だ。
あとは適当にレタスをそえて終わり。
朝食の完成である。今朝はわりとボリュームがあるほうだ。
パンとヨーグルトとコーヒーだけというときもまま、あるからだ。
ニュースを見ながら朝食を食べ、そのあと新聞をとってきてざっと読む。
日経よんでる女子高生も珍しいとは思うけど。
そんなこんなで時間。制服に着替えて洗面所で身なりをチェック。鞄を持つ。
「じゃあエルクさんによろしく言っといて」
鈴華にそう伝言して玄関を出る。
返事が渋々だったのは気のせいではないだろう。


                        ◆

さて、いつも通りの学校生活を過ごして、放課後。
ちなみに和真は学校に来ていなかった。一応和真のクラスは覗いてみたのだが。
帰宅部の生徒に混じって下校する。(わたしは一応籍だけ文芸部に置いている。いわゆる幽霊部員というやつだ)
と、軽快な音が鞄から鳴る。
和真からだ。メールの着信。
メールを開く。
『発見した。追尾中』
「早っ」
思わずそう声を上げる。
まさか1日もたたずに見つかるとは。
『現在帰宅中。帰りしだい再度メールする』
と返信して、わたしは早足で帰宅の途についた。
若干茜色に染まりつつある空は、どこか血の色をわたしに連想させた。
さて、無事に解決するといいけれど。