2話 瓶詰悪魔 -3-

おんなじ小学校にもいったし
おんなじクラスにも何回もなった
違うクラスのときも3人よく集まって遊んだ

                         ◆

時間が過ぎる。
『悪事を働く』と、自ら宣言した悪魔はその言葉に反して
あいかわらずぼんやりとTVを眺めているだけだ。
何が楽しいのか芸能人旅行記風のTV(多分日曜の今の時間だったら再放送だと思うけど)
のフリップに書かれた質問に真面目に答えている。
『TVの前のみなさんもご一緒にお考えください!』との司会者の言葉に真剣に回答に悩む姿はちょっと面白かったけど。コラーゲンが健康によかろうがどうだろうが悪魔には関係なさそうだと思うんだけど。
鈴華はあれからだんまりを決め込んでいる。
たぶんそこらにいて、悪魔の挙動を監視しているのだろう。
ピリピリした感じが伝わってくる。
わたしは思索にふける。
この悪魔は先ほどわたしに用事がある、ような趣旨のことを言った。
しかし具体的にどうこうという様子はない。
で、悪魔の目的は悪いこと・・・・って。
「あの、もしかしてわたしをどうこうしようって話なんでしょうか」
なんか今日は頭が働いてないのかな。どこかぼんやりした感じだ。
「ああ、だいたいそういう話だよ」
悪魔はさらりとそう言った。
なに?
『―――さっきの忠告は聞く耳ももたないというわけですか。舐められたものですね。空音、攻撃を行いますがよろしいですね。あなたに危害を加えることが目的と分かった以上黙っていられません』
鈴華の声は怒りに震えている。
鈴華、ちょっと待ってってば、まだ具体的にわたしなにもされてないわけだし―――」
そうなのだ。わたしは特になにもされていない。まあ機会をうかがっているだけかもしれないのだが。
「とりあえず、和真が到着してから改めて考えましょ?何もしていない相手にどうこうというのはわたしはちょっと・・・」
『甘い。蜂蜜と生クリームと和三盆を混ぜあわせてチョコレートケーキにかけたぐらい甘いですよ空音』
・・・ごめん鈴華わたしそれとてもじゃないけど食べたくない。
だいたい鈴華はものが食べれないから甘さというのに対する理解があるとは思えないのだが。・・・あ、だからそんな例えが出てくるのか。
「まあまあ。わたしは夕食の用意するから。あ、悪魔さんもいります?」
「いや、お構いなく。僕もそこの付喪神と同じく普通の食事はとれないのでね」
悪魔はそっけなくそう言う。
わたしは椅子から立ち上がって台所に入る。
さて、メインはさっき買ってきた鯖(安かった)を塩焼きにでもしようかと
冷蔵庫を開けたところで、――――眩暈がした。
視界が傾く。思わず冷蔵庫の扉に捕まって体を支える。
眩暈は数秒で収まった。・・・たちくらみとは珍しい。わたしは貧血の気はまったくない健康優良児なのだが。
―――まさか、ね。わたしはこっそりリビングの悪魔をうかがう。
とくに先ほどと変わったようすはない。だいたい悪魔がなにかしたなら鈴華がすぐ気づくはずなのだ。やはりわたしも緊張してるのかな、と思い、わたしは夕食の準備にとりかかった。
と、白和えの豆腐を裏ごししていると、マンションの入り口の呼び出し音が鳴る。
和真だ。わたしはドアを無言で開け、ついでに玄関の鍵を開ける。
うん、特にに今は眩暈もなにもない。やはり気のせいのようだ。
悪魔がおとなしくしているのは気になるが。
わたしはテーブルの上においてある悪魔が入っていた瓶を眺めながらそんなことを思う。
しかし随分と古そうな瓶である。骨董として価値がありそうだ。よしんばそうでなくてもだいたい古いものはわたしは好きなのだ。
玄関が勢いよく開く音がして、足音がこちらに近づいてくる。
わたしはリビングに立ったまま和真を出迎える。
息をきらせて和真がリビングに入ってくる。
何をそんなに慌てているのか。いちおう紹介しておこう。
こいつは緑丘和真。なんというかわたしと同じ学生ではあるものの裏の仕事(こういう言い方もなんというかチープだが)でフィクサーみたいなことをやっている。
フィクサーとは要するに人から物から何でも調達する稼業である。
まあなにかと便利な奴なのでわたしがトラブルに巻き込まれると駆り出される。まあわたしも料金は払っているのだが。同じ学校に通っているのもあり、まあ相談役、というポジションが一番近い。
その和真の顔がわたしを見るなりはっきりと青ざめた。
珍しい。こいつはあんまり感情の起伏が激しいやつではないんだけど。
「坂下、お前―――」
和真は呼吸を整えると悪魔のほうに視線を移す。
ということは和真も見えてるんだろうな。
「あいつか―――」
「あ、うん大人しくTV見てるよ。変な悪魔――」
「―――気づいていないのか」
「?別にわたし何もされてないけど」
「薄いんだよ」
「へ?」
和真は不思議なことを言う。うすい?味が?
わたしの不思議な顔を見て取ったのか、和真は言葉を続ける。
「お前の、存在が薄くなってるんだよ!」
え?
「――何よ、それ」
理解できないわたしはそう呟く。
和真はわたしを上から下まで観察し、
「そこか」
と一言。そして、
「来い!」
と言って、わたしの腕をつかむ。びっくりしたわたしは和真に抗議する。
「ちょっ、ちょ、いきなりなに?」
和真は聞く耳持たず、わたしを窓際まで引っ張っていく。
途中で面白そうにわたしたちを眺める悪魔の顔が目に入る。
笑っている。何故か、背筋が、ぞくりとした。
和真はベランダに出る大きな窓ギリギリにわたしを立たせる。
窓から太陽が目に入る。もうすぐ日は落ちようとしていた。
「だから、なんなの?」
わたしは窓から和真のほうに振り向く。
和真はわたしから数歩離れ、黙ってわたしの足元を指差す。
そんなところに何が――あ。
思考が凍りつく。
窓からは夕日が差し込んでいる。差し込んだ夕日は私を照らし、人型の影法師を描く。
わたしの影の上半分がなかった。
足から伸びた影は、わたしの胸のあたりで、線でも引かれたようにきっちりと途切れている。呼吸が止まる。
考えられる原因はただ一つ。
わたしは視線を悪魔のほうへ移す。
悪魔はわたしの視線に答えて話しだす。
「いやはや。こんなに早く気づかれるのは久々だよ」
先ほどまでと何も変わらぬ調子で。
「言ったろう?悪いコトをするって」

悪魔はただ微笑む。楽しそうに。