1話 ある日、道端で吸血鬼に -7-

公園。昼間はそれなりに人がいるのかもしれないが、この時間では人影がなくて当然だろう。わたしと和真は住宅街の片隅にある公園にリースさんの跡を追って侵入する。
いた。
彼女は広場の真ん中にひとり佇んでいる。その視線は斜め上を見ているみたいだ。
ジャングルジムの上。そこにエルクさんは影法師のように静かに立っている。
満月でもあれば様になったんだろうけど、あいにく今日は曇りだ。
ありていにいってしまえば結構間抜けではなかろうか。
わざわざジャングルジムの上で待たなくても。吸血鬼の美学ってやつだろうか。
先行していた和真が広場がよく見渡せる位置を見つけたようだ。
植え込みに手招きされる。そこに寝そべるようにして広場を観察する。
「何の用事?パパ。わたしはパパと話すことなんてないんだけどな」
綺麗な声だな、などという事を思う。その声は夜の公園によく響く。
「決まっているだろうリース。さあパパと一緒に家に帰ろう。ここまで来るのに結構大変だったんだぞ?」
エルクさんは優しげな声でそう彼女に呼びかける。
ジャングルジムから降りて話せよ、とは思うけど。
「そうね。入念に準備してパパのへそくりまで探し出したというのに、思ったより随分早かったわ」
対象的リースさんの声はかなり冷たい。よっぽど怒ってたんだなー。
「確かにパパが悪かった。しかしだな――――」
「しかしもかかしもないわ。わたしもね。パパガママとの結婚記念日にあんなことをしなければここまで怒ることはなかったわよ!わたしが言うまで忘れてたってどういうことよ!」
わたしは思わず頭をかかえた。そりゃリースさんが怒るのも無理はない。
それやられたらわたしでも怒るかも。
「―――」
エルクさんは沈黙で答える。まあ反省はしてるんだろうな。
わたしに交際申し込んだけど。
「話はそれだけ?じゃあわたしもいろいろ忙しいから失礼するわ。パパはさっさと家に帰ったら?」
そう言ってリースさんはエルクさんに背を向ける。
その背中に。
エルクさんは何気ない調子で言葉を投げかける。
「そんなにあのオガサワラとかいう男がいいかね」
リースさんの足が止まる。振り向いて自分の父親をにらみつける。
エルクさんは言葉を続ける。
「何年前だったかな。お前が珍しく男なんか家に連れてくるから良く覚えているよ。
あれから姿を見ないものだからてっきり何も無いものだと―――」
「彼をどうする気」
リースさんの声は半ば震えている。
「やめておけ。おまえには人間の男は向かん。寿命も普通の人間よりは遥かに長いのだぞ?あとあと辛くなるだけだ」
「嫌よ。わたしの勝手でしょ。パパに口出しされる謂れはないわ」
「ふん。ならば仕方ない。そうだな、娘を傷つけるのも忍びない。原因のほうをどうにかすることにしようか」
「させない・・・・・いくらパパでも彼に手をだしたら許さない」
・・・・えーと、なんかとんでもない展開になってるんですけど。
横の和真にボディランゲージで『これってやっぱりわたしのせい?』と訊く。
和真は手話で『遅かれ早かれこうなっていた。おまえのせいじゃない』と答える。
そうこうしてる間に。
「力ずくでも止めてみせる!」
リースさんがそう叫び、彼女の目が紅く光る。
「っ!」
と、同時に横の和真が顔をしかめる。
「まずい。あの娘さんのほうやる気だ」
え?と思うと同時に。
エルクさんが宙に舞い、彼のいた部分のジャングルジムが大きくへこむ。
外部から強い力で押し曲げられたように。
「・・・・PK」
呆然と呟く。
「ああ、サイコキネシスだな。ものすごい違和感だ」
「ほう、私とやる気かね。昼間ならまだしも、半分のお前が夜の私に勝てるとでも?」
エルクさんは優雅に着地し、リースさんを挑発している。
「ふん、念動力ならわたしのほうが上よ。やってみないとわからないでしょ?」
「わからずやにはお仕置きが必要みたいだな!」
こうして。吸血鬼とハーフの親子喧嘩は始まった。
「あああああ。想定した最悪の展開に・・・」
ぜんぜんこんな予想が当たっても嬉しくない。
「やっぱり止めた方がいいよね・・・?」
和真にそう弱々しく訊く。
和真は冷静に、
「しかし坂下。あれに割って入るのか?お、ベンチが飛んだ」
見れば重そうなベンチが軽々と宙を舞い、エルクさんめがけてすっ飛んでいた。
エルクさんはそれをその場から動かず、霧に体を変化させて避けている。
「B級映画でさ。吸血鬼対狼男とか、吸血鬼VSフランケンシュタインはみたような気がするけど吸血鬼対吸血鬼って覚えがないなあ。和真ある?」
現実逃避することにした。あんな人外の戦いどうしろというんだ。
「そういえば覚えがないな。鈴華さんなら知っているかもな。いや、そんなこと言っている場合ではないと思うが―――む、霧だけでなく父親の方は動物にも変化可か。実力派だな」
「コウモリにも変化できそうだね」
エルクさんの体から出た使い魔らしきものをリースさんは一匹はPKでねじ伏せ、もう一匹は素手で首筋を押さえて地面に叩きつけている。
「まだ二人ともお互いを殺す気はないようだが―――坂下。アレは持ってきているだろう。出せ」
う、やっぱり気づかれていたか。大人しくコートの内ポケットに入れていた物を出す。
夜の闇の中で見るそれはどこか禍々しく感じられる。
S&W 38口径リボルバー
念のため、と思って持ってきてしまった。
「ちょっと貸せ。・・・・PKは発動前に大体分かるからなんとかかわせるとは思うが・・・」
「バトルにもちこまずに説得するしかないよね・・・・だいたい銀の銃弾とか当てたくないよ・・・」
別にエルクさんとかを倒す気はないのだ。
心情的にはリースさんの味方をしたいが。
そんな相談をしていると。
この場にもう一人、乱入者が現れた。
「リース!」
二人の動きが止まる。
「・・・・友也」
リースさんが呆然と呟く。
乱入してきたのは件の小笠原氏だった。
エルクさんの目が細まる。
「駄目、友也、こっちに来ては!」
リースさんは狼狽して叫ぶ。まずい。
「和真、貸して」
なにやら弾倉を確かめていた和真の手から銃を奪う。
エルクさんの目が強く輝いて、友也さんに気をとられたリースさんPKでを吹き飛ばす。
エルクさんは滑るように小笠原さんの前に移動する―――途中で。
夜の公園に一つ。乾いた音が響いた。
「そこまでですエルクさん。それ以上は駄目です」
わたしは広場に踏み込んで、空にに向けて撃った銃を下ろす。
広場にいた全員が動きを止めてこちらを見る。
和真が一拍遅れて、私の横に並び、私の手から銃を無言で奪い返す。
う、じろりと睨まれた。
「ソラネ―――」
「はじめましてリースさん、小笠原さん。わたしは坂下空音。このたびエルクさんの頼みであなたたちを探すのを手伝ったものです。こっちは和真」
無視してわたしは話を進める。
「ソラネ、これは親子の問題だ。いくら君といえど、邪魔はさせんぞ」
「エルクさん、今、小笠原さんに何をしようとしました?」
できるだけ冷たい声音で言う。
「なに、すこし記憶をいじるだけだ。そこまでひどいことはせんよ」
やはりこの人はずいぶんとまともな吸血鬼だ。そうは思ったが、
「記憶をいじるというのは感心しません。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死んでしまいますよ?」からかうような口調で言い放つ。
「ソラネ―――わたしと戦う気かね?ただの人間ではわたしに傷一つつけられんよ?」
「そ、そうですよ、ええと・・空音さん?あのお気持ちは嬉しいんですけど、これはわたしたちの――」
リースさんも戸惑いながらわたしを諭す。
やっぱりこの親娘はいい人たちだなと思う。
わたしは和真に指の先で足をつついて合図する。
和真が無言で銃をエルクさんに向ける。
「銀の銃弾でも?」
わたしは余裕たっぷりといった感じでそう言い放つ。
エルクさんとリースさんが同時に目を見張る。
そりゃまあ普通そんなのまで用意してるとは思わないだろうけど。
それに一発あった唯一の銀の銃弾はもう撃ったから、今入ってるのは普通の弾丸である。
ようはハッタリである。
「―――本気かね」
エルクさんの声はまだ戸惑いが感じられるものの真剣に訊いてくる。
さて、ここから無理矢理でも説得に持っていかないと・・・・まともにやったらリースさんには勝ててもエルクさんには絶対に勝てまい。
たとえ本当に銀の銃弾がまだあったとしてもだ。
わたしはこの親娘が気に入ってしまったのでそういうのは嫌だし。
などとわれながら無計画にも程があるな、と考えていると。
「待ってください。リース。君は僕に嘘をついたね」
と小笠原さんが割って入った。立ち直り早いなあと密かに感心していると。
「友也、それは―――」
リースさんが目をそらす。
「君はようやくお父さんが交際を認めてくれたと僕に言ったね。それにしてはおかしかった。悪いけど君の荷物、見させてもらったよ。お父さん名義の保険証まで持ってくるのはどう考えてもおかしいと思ってたんだ。君といっしょにいられるのは嬉しいけど――」
おお、この人もずいぶんと出来た人だな、などと内心で喝采をあげるわたし。
「―ー―帰るんだ。世界でただ一人のお父さんなんだろ?あんまり心配させちゃ駄目だよ。僕と二度と会えないわけじゃない。いつでも会いにおいで。僕の血でよければいくらでもごちそうするから」
うーん、リースさん男運いいなあ。しかも吸血鬼ってちゃんと知って付き合ってるのか、偉いなあ。リースさんは涙目でうん、などと頷いている。ナイス説得。心で拍手を送る。
しかしこれは何時代のドラマだ。
――――などということを思うあたりわたしは冷めてるのだろうな。内心溜息をつく。
さてあとは――――。エルクさんの方を見る。
エルクさんは複雑そうな面持ちだ。
わたしは父親の気持ちなんてわからないけど、これ見せられてどうこういう狭量な人じゃないと思う。まあ一応あと一押ししておくか。
「エルクさん。あなたも奥さんと結婚したなら娘さんの気持ちがわからないわけじゃないでしょう?こんなこと他人のわたしが言えた義理じゃないですが――認めてあげてください。もとはといえばあなたが悪い。話を聞いている限りわたしでも怒ります」
「パパ――」
エルクさんは黙っている。
一度、静かに目を閉じ、
「わたしは先に帰る、リース。おまえも気が向いたら帰ってこい」
と言って背を向けた。
息をのむリースさんと小笠原さん。
和真が銃を静かに下ろす。
わたしも思わず微笑んでしまった。
「ありがとうございます」
その去り行く背中にむかって、小笠原さんは頭を下げた。
エルクさんは、溶けるように公園から姿を消した。
「一件落着かな」
思わず呟く。
「何が一件落着だ。俺の身にもなれ。寿命が縮まる」
和真から抗議の声が上がる。
「あはは、悪いとは思ってるよ?い、いいじゃん無事解決したんだから」
わたしは誤魔化すように視線を逸らす。
「ま、相変わらず土壇場の機転と決断力はさすがだがな・・・」
どこか呆れたような調子で和真は言う。
それにわたしが反論しようと口を開きかけたところで。
全身を力強く抱きしめられた。
「ソラネ!ありがとう!あなたがいなかったらどうなっていたことか!」
「!%#"?&」
リースさんに抱きしめられ、わたしは声にならない声を上げる。
しばらく抱きしめられていたが、小笠原さんに肩を叩かれ、リースさんは手を離す。
ようやく開放されたわたしは、
「い、いえわたしに責任がないともいえないし」
と目を白黒させながら言った。
「でも駄目よ?銃なんて持ってたら。というか銀の銃弾なんてどこで―――」
「銃も弾丸も和真が用意したものなのでわたしは知りません」
わたしはしれっとそう答える。本当のことだし。
「その用意した唯一の弾丸を威嚇で使った馬鹿はその女です」
馬鹿とはなんだ。
リースさんはその言葉を吟味していた様子だったが、
「ちょっ、ちょっ。さっきのハッタリなわけ!?・・・・・・・っ」
言葉の途中でリースさんは肩を震わせている。と、思ったら声を上げて大笑いされた。
「・・・ッハ、はは。ソラネ、貴方最高!最高よ!そんなのでパパに対抗しちゃうんだもの。これ知ったらパパなんて思うかしら。ああおかしい」
背中をバンバン叩かれる。ちょっと痛い。
「リース。そんなに笑っては失礼だ」
「あ、御免なさい」
ちろっとかわいく舌を出す。うーん美人がやると絵になるなあ。
「というか根本的な質問なんだけど貴方たち何者?ハンターか何か・・・ってわけでもなさそうよね」不思議そうに首をひねる。
「ただの女子高生です」
「ただのフィクサーだ」
二人してそう答える。わたしのはともかくただのフィクサーってなんだ、和真。
リースさんはわたしたちを交互にみつめ。
「訂正するわ。貴方達最高よ。仲良くね」
・・・ただの女子高生って信用してないな。いやいいけど別に。
「そうだ!ソラネ、電話番号とメールアドレス教えてくれない?交換しましょ?」
といって自分の手帳を破いてそれらをサラサラと書き、わたしに差し出す。
わたしも素直に自分の手帳を破いて書き、渡す。
「わたしがお役にたてることがあったら何でも言ってね!あなたは私たちの恩人だから!」
手を握られぶんぶん振られるわたし。
和真はなにやら小笠原さんに自分の名刺を渡し、
「なにかあったら連絡を。お互い大変だとは思いますが頑張りましょう」
などと聞きようによっては大変失礼なことを言っていた。
そうしてわたしたちに手を振りながら二人は仲良く公園から去っていった。
明るい人だなあ。
わたしたちも帰ろうか、と和真に言って公園を出ようとしたところで。

目の前にエルクさんが立っていた。

え?
和真も驚いている。気づかなかったところをみると、気を緩めていやがったな。
いやわたしもだけど。
「・・・・えっとお帰りになったんでは?」
わたしがおそるおそる聞く。
「まことに申し訳ないんだが・・・・・交通費を貸してくれんかね」
あ。そういえばこの人お金に困ってたんだった。

                        ◆

結局、和真がお金を貸した。
近々返す。二人とも元気で、と言ってエルクさんは今度こそ帰っていった。
「今度こそ本当に解決。よかったよかった。」
わたしは大きく伸びをする。
「まあ本格的な戦闘にならなくてよかった言うべきだな」
「そうだよね、銀の弾丸が1発じゃあねえ」
とあいずちをうつと。和真は複雑そうな顔をして。
「坂下に渡したやつな、俺のバックアップガンでな」
はあ。
「俺のメイン銃の弾倉は今全部銀の弾丸だ。ついでに坂下のも全部銀の弾丸に交換しようと思ったが、その前にお前が突っ込んだ」
はい?
「あとこんなのも用意した」
懐からなにやら棒状の物体を取り出した。
筒状の物体の先に白い尖った棒状のものが付いている。
「・・・・それは?」
なんとなく想像がついたが聞いてみる。
「火薬でな、白木の杭を打ち出すんだ。あんまり飛ばんので接触しないと意味は無かろうが。杭自体はただのそこらのトネリコしか用意できなかったのが残念だ」
・・・・こいつは。わたしはお手上げのポーズでそれに答えた。

                         ◆

こうして。今回のわたしが巻き込まれたトラブルは終結した。
現在、わたしの携帯のメモリーには世にも珍しい、吸血鬼の連絡先が眠っている。