2話 瓶詰悪魔 -1-

いっしょにまた遊ぼうね。とちーちゃんは言った。
うん、とあーちゃんも言った。
わたしは黙って頷いた。
わたしたちは仲のいい3人組だった。

                       ◆

その日は日曜で、わたしは近所のスーパーまで買い物に出ていた。
具体的に言うと、タイムセールのチラシがポストに入っていたので出陣したのである。
・・・・・一人暮らしも長いと所帯じみて来るのだ。ほっておいてほしい。
で、戦利品を抱えてマンションまで帰ってくると、玄関に小さなダンボールが置いてあった。
「?」
わたしの住んでいるマンションはオートロックだ。
まあマンションと名のつくところの大半がそうだろうとは思うけど。
もちろんオートロックとはいえ、一度中に入ってしまえば自由に動けるし、
宅急便の人も同じマンションに複数の荷物を届けるのに、わざわざ下にもどってもう一度開けてもらったりはしていない。
だから直接玄関の呼び鈴がなるのはよくある話なのだが――――。
わたしは一人暮らしだ。正確には鈴華という同居人がいるが彼女は宅配便をうけとったり、
セールスに応対することもない。
だから、わたしがいない時に荷物などが届いた場合、当然、不在票があるはずなのである。
ポストをチェックしたがそれらしきものはない。
というか荷物を玄関の前に置いて帰る宅急便屋というのはどうなんだろう。
生物との場合でもどうしようもないときでもお隣に預かってもらうものだぞ。
そこでよく玄関の横においてあるダンボールをよく観察する。
小さ目の普通の茶色のダンボールだ。ガムテープで普通に封がしてある。
・・・・あれ?宛先とか送り主とか書いてないぞ・・・?
「要するにこれ宅急便じゃないのかな・・・?」
う、なんか凄い嫌な予感がしてきた。ここでわたしの頭に浮かんだのは、
中身は
「爆弾」もしくは「猫の死体」という実に被害妄想っぷりも甚だしいものであった。・・・・わたしの場合あながちありえないとも言えないんだけど。
とりあえず荷物で腕がだるくなってきたので、ダンボールはそのままにして鍵を開けて中に入る。
あとで考えようっと。
「ただいまー」
と挨拶をし、リビングまで荷物を運ぶ。
『おかえりなさい空音。・・・・買いすぎじゃないですか?』
リビングに入ると空中から声がする。リビングからは鈴華が見ていたのかTVの音が漏れ聞こえてくる。
この声の主がわたしの同居人、鈴華である。
彼女はわたしの家に古くから伝わる銅鏡の付喪神で、基本的に普通の人には姿も声も聞こえない。わたしも別に霊感があるわけでもないから声しか聞こえないし。
鈴華は物理的な干渉ができないので(紙一枚すら動かせない)宅急便も受け取ることはできない。まあぶっちゃけあんまり幽霊と変わらない。これを言ったら怒るけど。
付喪神という存在が自然にでてきていることに疑問を持たれるかたもおられるだろうが、彼女は決してわたしの妄想の産物ではない。・・・・多分。
まあ、ここはさらっと流していただきたい。
鈴華、宅急便来た?」
居留守マスター鈴華(今命名)にそうたずねる。
『いいえ?特ににだれもいらっしゃいませんでしたけど』
鈴華は不思議そうな声音でわたしに聞き返す。
と、なるとあの荷物は宅急便じゃないと・・・ああ嫌な予感が・・
まあとりあえず冷蔵庫に入れてしまおう。
なんとか冷蔵庫に押し込んで(まあ鈴華の言う通り買いすぎであることを認めよう)
ヤカンをコンロにかけて玄関へ。
なくなってないかなーなどと思ったが、しっかりと茶色の箱は玄関横に鎮座していた。
手にとる。あんまり重くない。というか軽い。
「爆弾とかじゃ・・・なさそうね」
そうつぶやきつつそれを持って中に入る。
リビングのテーブルの上に置く。ついでにTVのボリュームを絞る。
『空音?なんですそれは?』
鈴華、これなんか感じる?」
わたしは鈴華にそう聞く。
鈴華はこのマンション(私の家)に結界―――実にオカルティックだがあれだ。とはいえ物理的に侵入を防ぐとかいう結界ではないのだが――を張っている。
要は、結界内に
「異物」が入れば気づくはずである。
もっともこの「異物」の定義も曖昧ではあるのだが・・・・
とりあえずわたしに危険を及ぼしそうなものを鈴華が見逃すようなことはほとんど無い。
しばらく間があく。鈴華が箱を観察しているのだろう。
『いえ、とくに邪悪な思念とか霊的なものは感じませんが』
「じゃあ開けていいか」
『空音?それはどこで拾ってきたんですか?』
カッターで封を開けようとしたわたしに鈴華は実に失礼なことをきく。
「あのね。わたしが年がら年中何か拾ってくるみたいなこと言わないでくれない?」
『違うんですか?』
・・・・・違わない気がしてきた。
「こ、これは玄関に置いてあったんだから拾ってきたうちに入らない入らない」
自己欺瞞だ。
『・・・・・』
鈴華を無視してカッターの刃を入れ、箱を開く。
ダンボール特有の臭いが鼻をつく。
中には。一つの小さな小瓶と、一枚の紙切れが入っていた。
瓶のまわりには衝撃緩和材みたいなもので埋まっている。
紙切れはその上に無造作に置いてあった。
わたしはそれをつまみあげる。
なにか書いてある。ちょっとかすれ気味のインクだ。
Memento Mori・・・?」
確か意味は―――死を想え。
何語だったっけ、確か英語ではなかった気がする。
む、微妙に不吉だ。
わたしは次に瓶を観察する。
そんなに大きくない瓶だ。わたしの片手ぐらいの高さだ。
全体は茶色のガラスで中が見えない。
あんまりいいガラスというか今のガラスとは違いところどころに気泡があるし
、全体的に厚い。蓋は黒い蓋で、コルク栓みたいな形をしている。
材質はコルクではないみたいだけど。
「何が入ってると思う?、鈴華
『空音、それ開ける気ですか』
「ん、まあ開けないと中に何が入ってるか分からないし」
わたしはそう言いつつも瓶を光にかざす。
ん、やっぱり何も見えないか。色が濃すぎる。
「持った感じでもなにも入ってないよこれ」
そういってわたしは軽く瓶をふる。
音もなにもしない。
鈴華、あけるけどいいよね」
『・・・・どうぞお好きに。止めたところで聞きはしないでしょうし』
わたしは栓を掴むと、一気にそれを引いた。
ポン、と小気味よい音がして、あっさり蓋はあいた。
・・・・何も起こらない。
わたしは瓶の中を覗く。空だ。
「空だね」
『よかったではないですか。そうそうお湯がそろそろ沸くのでは――――!」
鈴華?」
鈴華の息を呑む声に驚いてわたしはそちらを振り向く。
「―――」
驚いた。
そこには道化師の格好をした一人の男が立っていた。
なんで道化師?などと思ったが問題はそこじゃない。
どこから入った?まさか・・・
『そんな・・・私は何も感じなかった』
わたしは男を観察する。男は顔まで道化師のメイクをしていて顔の造形もよくわからない。
「あなた―――誰?」
「僕かい?僕に名前はないね今のところ。しかし、誰とはご挨拶だね。君がその中から出したのだろうに」
男は流暢な日本語でそう答える。わたしの能力の効果ではなく、日本語で喋っている。
「質問を変えましょう―――あなた、何?」
道化師はニヤリと笑う。
「僕はね、悪魔だよ」

                         ◆

坂下空音。現実的、非現実的を問わずあらゆる災厄に巻き込まれる少女。
これは彼女の日常をただ綴った、それだけの物語である。