1話 ある日、道端で吸血鬼に -4-

リビングの扉が開く。
「来たぞ、坂下」
入ってきたのは、緑丘和真。わたしと同い年の少年である。
どことなく陰がある、といえばカッコイイがわたしにいわせれば地味目というだけだろう。
顔はわりといい部類に入るか。
ちなみに同じ学校に通っていたりする。
学校で会話した覚えはほとんどないな、そういえば。
和真はちらり、とエルクさんの方を見ると、軽く会釈をした。
「で、どう?見た感じ」
私は大皿に盛り付けたチャーハンをテーブルに運びながら訊ねる。
「これだけはっきり違うと問題ない」
「よかった。食べてくでしょ?」
「いらんとは言わんが」
和真は素直にテーブルにつき、人のいない椅子を見ながら、
「よく鈴華さんが許可したな」
と言った。
『ほら、聞きましたか空音。わたしは正しい。和真様からももっと言ってやって下さい』
無視する。
「まあ、なんとか、ね」
『空音、ちゃんと通訳してください』
無視する。
「抗議の声が上がっているようだが」
和真は冷静に突っ込む。
「う、あんた聞こえないんだよね?」
「聞こえんが、これだけ荒れてるとわかる」
和真は鈴華が座っているであろう椅子を眺めながらそう言う。
スプーンと皿を手渡す。ちなみに普通の鉄製だ。
エルクさんも食べられるとのことだったので、エルクさんにも配る。
「ソラネ、彼が―――?」
「はい、探す人です」
「よろしく」和真はかるく頭を下げる。
「いや、こちらこそ―――」
エルクさんはどこか圧倒されている様子だったが、そう返した。
「とりあえず話は食事の後ということで」
わたしはそう言うと、いただきます、と手を合わせて一緒に配ったもずくスープにとりかかった。

                        ◆

食事が済んで、ソファーに移動したわたしたち3人。
和真はエルクさんと向かい合わせに座っている。
私はその横で食後のコーヒーをすすっている。
ちなみにわたしはコーヒー党だ。
「ではちょっと失礼します」
和真はエルクさんにそう断ると、手を握る。
和真の瞳孔が見開き、一瞬で元に戻る。
「調整終了」
和真は手を離す。
彼も私と同じく才能――能力を持っている。それは『あらゆる違和感を感知する』というもので、少しでも普通と違うと『なんとなく』わかるそうだ。
普通というのがどういう定義で決められているのは定かでないが、ある程度その定義――というか感知の度合いを調整することが可能なのだそうだ。
わたしと彼が知り合ったのも彼のこの能力にわたしの体質が引っ掛かったせいである。
今はおそらく吸血鬼と普通の人間との違いをより明確に感じられるようにしたのだろう。
「これでだいたい近くにいればわかる、と思う。それに実の親子だというのなら大体の感じが似ているはずだから」 
「よし、これでなんとかなる、かな。見つけたら連絡よろしく。じゃあエルクさんは家でのんびりしておいて下さい。」
「いやそういうわけには―――」
「どうせ昼間は動きにくいでしょう?いいからどっしり構えて下さい」
鈴華の呆れた視線を感じる。
・・・・いいじゃないか。
ここまで関わったらさっさと見つけて二人仲良く帰っていただくしかない。
「エルクさん。俺から質問が。銀は効きますか?」
「和真。絶対駄目だからね」
思わずわたしが割って入る。
「しかし、万一のことを考えて自衛のための手段は必要だ。銀はまだ入手が容易だから訊いてみただけだ」
「それなら攻撃手段じゃない麦とか蒔いたら思わず拾っちゃうのかとかニンニクは本当に効くのかとか、結び目は解かずにはいられないとか訊きなさいよ・・・」
「川に投げ込んだら死ぬのかとか訊いたほうが良かったか?まあどのみち太陽光に対する耐性は聞く予定だったが」
思わずにらみ合う。エルクさんは呆れたようにわたしたちを見ていたが、
「質問があるのだがね。昨今の学生は吸血鬼に対する知識は常識なのかね?君達が例外なのは分かるが、かなり我々に対する知識があるように見えるのだが」
「一応文学少女ですから」
こちとらエイブラハム・ストーカから冬目景まで吸血鬼物は読んでいるのだ。
舐めてもらっては困る。
「坂下に付き合っていると余計な知識を増やさざるを得ないので」
なんかむかつくコメントだ。ちゃんとお金払ってるでしょうが。
「む、あんたもしかして銀とか別料金?」
「当然だ」
ケチ。
「もう一つ質問があるのだがね。君等の関係は何かね?最初は恋人かと思ったのだが」
「クライアントだ」「お金だけの関係です」
『その言い方は問題がありますよ空音』
鈴華の言葉は黙殺する。嘘は言ってない。
「わざと言ってるだろう・・・まあまるきり間違いというわけでもないか。ちなみに恋人は断じてありえません」
その言い方は凄くムカツク。断じてとか言われるとさすがに乙女心が少しは傷つく。
『・・・・・二人ともなんというか』
エルクさんは苦笑している。
「まあいいさ。質問にこたえようカズマ。銀は効く。あれは半分だが効くはずだ。
 それから間違っても教会には行かないだろうな。十字架も一応効くぞ。霊気がこもってなければ意味はなかろうが。流水は・・・カナズチなだけだ。太陽に対する耐性はわたしより高い。昼間でも出歩けるだろうさ。直射日光は嫌いなようだが。結び目の類だがそりゃほどきたくはなるがね。強制力はない。」
「了解しました。参考になります。では、行って来る」
そう言って和真は立ち上がる。
相変わらずそっけないというか。
「ん、あんがと。またねー」
「私も手伝おう。いくらなんでもそこまでお世話になるわけにはいかん」
「いや、あんたは寝てるべきだ。ずいぶん疲労が貯まってる。今日は養生したほうがいい」
エルクさんが驚く。
あ、さっき感じとりやがったな。
そして和真コートを着て、リビングの扉にむかう。
和真はリビングを出る前にこちらをチラ、と見る。
ん、なんか指で呼んでる。何か用事のようだ。
わたしの反応を確かめて、和真はリビングを出て行った。
わたしは続けてリビングを出ようとし、聞き忘れたことを思い出した。
エルクさんに振り返ってたずねる。
「そうだ、エルクさん、輸血パック大丈夫ですか?」

                        ◆

玄関で和真は靴を履いて待っていた。
「何?」
「これを一応持っておけ」
懐からなにやら取り出し、わたしの手の中に乗せる。
がくんときた。重い。
なにやら紙袋につつまれたそれは結構な重さだった。
「・・・・これは?」
「S&W、38口径リボルバーだ」
スミスアンドウエッソン。と頭で繰り返してから。
「じゅ、銃じゃない!」
びっくりした。
「一応一発だけ銀の弾を・・・ん?どうした?」
『どうした?』じゃない。
日本では一般人は銃をもてないことになっているのだ。
かよわい女の子に何を渡してるんだ、と目で訴えると、
「銃撃ったことあるだろ?ニューナンブ。あれと同じ38口径だぞ」
いやあるけど。あれは仕方なく。
「あいにく大聖堂の銀十字は手に入らなかったが、勘弁してくれ」
30分でこれが出てくるあんたが恐ろしい。
「いいか。大丈夫そうではあるが、自分の身は自分で守れよ」
真剣な顔で言われた。
はあ。一応心配してくれてることになるのだろうか。
返しにくくなってしまった。
じゃ、と言って和真は玄関を出て行こうとするので、
「あ、和真悪いんだけど輸血パック――」
「手配してある」
あ、さいですか・・。
バタン、とドアを閉めて和真は出て行った。
・・・・・しかしどうしろというのだこれ。