2話 瓶詰悪魔 -7-

ちーちゃんはわたしに気にするなと言った
あーちゃんはわたしにごめんねと言った
わたしはなにも言えなかった

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リビングのテーブルの上に無言で鈴華の入った箱を置く。
『空音。今までありがとうございました。あなたと暮らした間はわたしの人生のなかで最も楽しい期間でした。黄泉路で誇れます』
鈴華、待ちなさい。なにをお通夜みたいな声出してるの。わたしはまだ負けていない。
おとなしくしてなさい。あなたの出番は来ない」
きっぱりとそう言い放つ。覚悟は決まった。
『空音―――?』
鈴華が不安そうに問う。
わたしは『Memento Mori』と書かれた紙を指で挟み、悪魔にむかって突きつける。
「質問よ悪魔。この紙に書かれている内容だけど。蓋の入手方法と関係あるわね?」
悪魔は、道化師の格好をした悪魔は、わたしの顔を見てなにか悟ったように。
「ああ、関係あるね」
わたしはそれを受けて不敵に微笑む。
「これが蓋の入手方法について書き残せるギリギリの線ね?」
そうなのだ。わたしが後の人間に何か伝えようとする場合、もっとちゃんと詳しく書く。書き残せないのだ。この瓶に関する内容は。さっきわたしの部屋で試してみた。
「ああ、試行錯誤の末出てきたようだったね」
「では、最後の質問よ。蓋の入手方法は、造りだすのね?」
「それはグレーゾーンの質問だが―――いいだろう。答えようじゃないか。その通りだ」
「あんがと」
わたしは軽く悪魔にお礼を言う。
「坂下。何をする気だ」
和真の咎めるような声。あ、こいつもしかして今ので気づいたな。
わたしはポケットから小さ目の万能ナイフを取り出す。
『そ、空音それは―――』
「黙って見てなさい鈴華。援軍を要請したまでよ。大丈夫、こいつには実績があるから」
『――ーわかりました』
鈴華はわたしの覚悟を見て取ったのか素直に引き下がる。
手のひらほどの大きさの瓶をテーブルの上に置く。
万能ナイフからナイフの刃を出す。
左手を瓶の上にかざす。
「坂下お前――」
わたしは自分の手首に躊躇無くナイフの刃を入れた。
軽く血が鮮く。
手首から鮮血が溢れ出すわたしはそれを瓶の口にむけて垂らす。
「なにやって―――!」
「黙って見てなさい」
順調に血は瓶の中に溜まってゆく。
流石にたまっていくのが自分の血だと気分が悪い。
やがて、瓶の縁まで到達した血は溢れる。
わたしはそこで大きく息を吐くと、手首を押さえる。
と、瓶の中の血液に変化が起きる。
動きだした。重力に逆らうように瓶からひとかたまりになって瓶の口から溢れ出すと、
空中で蓋の形になり、凝固。固い音を立ててテーブルの上に落ちた。
どうやら正解だったみたいだ。う、心臓の鼓動が早い。
ちょっと深く切りすぎたかも・・・・
和真がどこから探し出したのか救急箱をもってこちらに来て、
傷を見、顔をしかめ無言で手当てをする。
ものすごい形相をしていた。腕の動脈を抑えられる。
「いかんな。思ったよりは出血してないが、一応病院に行ったほうがいい。手配する」
『空音、早く蓋を――』
ああ、そうだった。
「わたしの勝ちみたいね。あんがと。ああそうだ。あんた名前ないっていってたわね。よければ考えとくけど――」
「敗者は潔く去るのみさ。しかし君はずいぶんと変だね。わたしに対してあまり敵意をもっていないようだ。あまりない経験だ。ああそうだ。あけてしまうとまたこの手順を踏まないといけないので会話する機会はあまりないので名前はいいさ。なかなか楽しかった。そうそう影は返しておいたよ」
悪魔はいつのまにかわたしの傍に立っていた。道化師のメイクの上からでもわかるくらい、どこかさっぱりとした顔をしていた。
「まあそう言わずに、いいからいいから。ま、食べられてしまわないうちに閉めとくね」
わたしは片手でわたしの血液でできた蓋を手に取ると、
「じゃね」
と言って蓋をした。
悪魔は何も言わずに消えた。
「和真、病院って普通のところ?」
携帯でどこかにかけていた和真は無言で睨みつけ、
「いいからおとなしく手首おさえて横になっていろ」
と怒った口調で言った。
ま、そりゃ怒るよね・・・・和真がいたから容赦なく手首切れたって言ったらもっと怒るだろうな・・・
『空音、良かった―――』
鈴華が安堵をにじませてわたしにはなしかけてくる。
「ちーちゃんとあーちゃんのおかげかな」
わたしは小声でそう鈴華に言う。
『――はい。私はそう思います。でも、あの二人がこの場にいたら今の和真様みたいに怒っていると思いますが』
「あーやっぱりそうだよね。また謝ることが増えちゃった」
わたしは、そう言って小さく笑った。机にある刃を血で染めた万能ナイフ。
それがわたしたちの勝利の証。


                       ◆

結局、和真の手配した病院にタクシーで行き、(裏口から病院入ったのははじめての経験だった)処置と輸血を受けて家に帰ってきた。
和真はものすごく怒っているのか口を利いてくれないので実に退屈だった。
まあ体調の心配はしてくれてはいたが。
鈴華も一安心している様子だった。
わたしはまだやることがあった。
「坂下これの処分は俺に任せろ」
和真は瓶を睨みつけながらそんなことを言う。
「だめだめだめ、わたしの家で保管するから」
『―――空音?』
「―――坂下?」
二人して、頭でもトチ狂ったのかといいたそうだ。
「開けなきゃ害ないじゃない」
「それはそうだが――」
『それはそうですが――』
「それにね―――」
わたしは瓶を握ると、能力を最大強度にし、瓶の中にむかって呼びかける。
『おーい!』
『!』
お、通じた。
『よし、なんとか通じるみたいね。じゃちょっと会話しましょうか。わたしが間隔を掴まないといけないから』
『空音、君なのか・・・?』
『そうそ、わたしの能力――あらゆる意志を持つモノとコミュニケーション能力。ってわけ。いやー瓶を突き破れるかちょっと不安だったんだけど、そこにいる、ってことがわかってればなんとかなるとは思ってたはいたんだけど』
『――何の用、だね』
『んとねうちで貴方を保管することになったから挨拶、かな。それとさ、わたしだけなら会話できるからいつでも話しかけていいよ。瓶はリビングに置いておくからさ。暇でしょ?瓶の中って』
わたしはつとめて明るく言う。
『―――』
悪魔はあっけにとられているようだ。
『君は―――相当な変わり者だね』
『おかげさまで。で、さ、名前なんだけど『シャイア』でどうかな」
『・・・・一応由来を聞いておこうか』
『シャドウイーター、略してシャイア』
『・・・・・・』
『あれ?気に入らない?性別とかないだろうから別にいいかなって』
『いや、特に不満は無い。いや、世界は広いな。僕もまだまだだ』
わたしは瓶から手を離す。よし、確立できたかな。
『んじゃそういうことで。気軽に話し掛けてね』
『ああ。そうさせてもらうさ、これでも瓶の外はそれなりに知覚できるのでね。楽しませてもらうことにしよう』
話もついたところで和真に向き直ると、こっちを三白眼で睨んでいた。
「えっと・・?」
『空音。あなたの神経のネジの外れぐあいも相当ですね』
あ、呆れられてる。
「ほ、ほら瓶の中って暗くて寂しそうだから」
『視覚で認識しているわけではないのだが』
・・・・・わたし以外に聞こえなくてよかった。
「ま、坂下がおかしいのはいつものことか」
和真は諦めた口調でそう言うと。台所に入っていった。
「和真?なにするの?」
「お前は大人しくしていろ。飯は俺が作る」
「え、でも悪い――」
「いいから座ってろ」
有無を言わさない口調でそういわれた。
『僕は彼に同情するがね・・・』
『空音、おとなしく横にでもなっていてください』
・・・・なんか口うるさいのが二人に増えたようなだけの気がする。

                       ◆

そんなこんなで。
現在、我が家のリビングには悪魔が入った瓶がひっそりと置いてある。