1話 ある日、道端で吸血鬼に -3-

玄関の鍵を開ける。
「ただいまー。あ、エルクさんどうぞ」
エルクさんのほうを見る。
「?」
エルクさんはドアの前で立ち止まっていた。
「ソラネ、この結界は―――」
「あ、やっぱりわかるんですか、すごいな」
とわたしが答えていると。
『おかえりなさい、空音――――そちらのかたはどこのどなたですか』
「あ、ただいま鈴華。こちら吸血鬼のエルクさん」
虚空から声がした。
言っておくがわたしが電波を受信しているわけではない。
これがわたしの才能――能力である。
ツクモガミ、か」
エルクさんがそうつぶやく。
正解。
付喪神。年月を経た器物が妖怪へと変化したもので、鈴華は鏡――銅鏡の付喪神だ。
わたしの家に古くから伝わっているもので、坂下家の守護神みたいなものだ。
鈴華は普通の人には見えない。つまりわたしも見えていない。
わたしの能力は『あらゆる意志をもつモノとコミュニケーションがとれる』というものである。つまりわたしは霊感があるわけではないので、彼女の姿は見えない。聞く所によると、和服姿の美人らしいが、わたしは長いつきあいにもかかわらず、見たことがない。
これからも多分ないだろう。
鈴華、入れてあげてよ」
『空音、馬鹿は日曜祭日に休み休み言いなさい。どこの世界に危険分子をわざわざ家に上げる人がいますか』
まあ鈴華の言うことが分からなくはないけど。
ツクモガミのお嬢さん、ちょっといいかね?私はソラネの血を吸うきはない。さっき吸って来たばかりだし―――なによりここまで親切にされて恩を仇で返すようでは吸血鬼の沽券にかかわる」
しばらく間があった。
『―――ふん、まあいいでしょう。空音が信用したというのなら家の敷居をまたぐことを許しましょう。しかし、これだけは言っておきますよ吸血鬼。もし空音に指一本でも触れてみなさい。私の全てを賭しても呪い殺して差し上げます』
「承知した」
「エルクさん姿も見えるんですか?いいなあ」
沈黙が降りた。
・・・・人が折角場を和まそうと思ったのに。
鈴華の呆れている雰囲気が伝わってくる。
「さ、どうぞ」
今度こそわたしはエルクさんを促がした。

                        ◆


リビング。私の家は3LDKである。一人で住むにはちょっと広い。
テーブルに座って二人向かい合う吸血鬼と女子高生。
いやこの場には多分3人いるがわたしには見えないし。
「一人ではないとはこういう意味だったとは」
出したお茶に手を出さないままエルクさんはそう呟く。
「それで、この街にいるっていうのは間違いないんですか?」
わたしは話を切り出す。
「ああ、多分間違いはない。さっきの男が見たと言っていたからな。本当に『見かけただけ』のようだったが」
あれ?
「あの人の懐かもらってしまえば良かったんじゃ」
「犯罪ではないかね」
・・・・血を吸うのは犯罪じゃないのだろうか。
「じゃあこの街にいるのなら探す方法に心当たりがありますけど」
「なに?」
『空音』
驚かれた。それと同時に咎める声。
鈴華、これもなにかの縁だと思って。エルクさん娘さんが見つかるまでここに泊まっていって下さい」
『空音!』
耳元で怒鳴られた。
「ソラネ、何もそこまで―――彼女がものすごい目でこちらを睨んでいることだし」
「お願い鈴華。ね、親子の不仲ってなんか嫌だし」
沈黙。よし、説得成功。
鈴華はわたしに両親がいないせいか、こういう方向で話をもっていくと落ちやすい。
・・・・本気で心配してくれる彼女には悪いと思うけど。
「それではその手段に連絡して、着替えてきます。くつろいでいてください」
わたしは立ち上がって自分の部屋に行き、ベランダに出る。
携帯で電話するためである。
ベランダに出てアドレスを呼び出し、通話ボタンを押す。
3コールで相手が出た。
『どうした?』
ぶっきらぼうな男の声が帰ってくる。
「いやさー、今わたしの家に家出した娘を探す吸血鬼パパがいるんだけど」
軽い感じでそう言って、言葉を切る。
第一声がそれか、と思われるかもしれないがこいつとの会話はいつもこんな感じである。
『――――探す手伝いをしろとか言うんではなかろうな』
今回は驚いた方だな、と思う。
「当たり当たり。こっち来られる?料金はいつも通り払うからさ」
『30分で行く』
切れた。相変わらずの会話だな、と思って少し苦笑してしまった。

                        ◆

28分後。台所でフライパンをひっくり返していると、リビングのインターホンが鳴る。
『和真様は時間に正確ですね』
鈴華がそうひとりごちる。
わたしはカメラに映った姿を確認して、『開錠』のボタンを押すと、
「あれ、わたし和真が来るって言ったっけ」
『だいたいあなたの考えそうなことは分かります。彼の能力を当てにしているんでしょう?』
「うん、そうだけど」
と答えて私は調理に戻る。チャーハンは火力が大事だ。
『空音』
鈴華がチャーハンをひっくり返している私に声をかける。
「なに?」
『銀食器は一番右の棚の上の奥です』
・・・・・・鈴華はまだエルクさんに対して敵意剥き出しだった。