3話 古本は紙魚の骨を食べるか -6-

「んじゃ、作戦会議と行きましょうか」
「さくせんかいぎ……ですか?」
 無事、文芸部室に避難できたわたしたちは畳(何故か知らないが文芸部室は畳だ)に向かい合って座っている。
 三ノ宮さんはきちんと正座というものがができていて、背すじもちゃんと伸びている。わたしは正座はそんなに得意でないので、きちんと正座できる人は羨ましい。
「先の第ニ次接近遭遇で判明したことがあります」
「だいにじせっきんそうぐう…」
 なにか言いたげな三ノ宮さんに気づかない振りをして、わたしは先を続ける。
「この状況を打開するには、やはり図書館に行くほかありません」
 わたしは教師口調で断言する。
「……?それがさっきので確定したんですか?」
 わたしは鷹揚にうなずく。
「あの鬼――まあ見た目、鬼には見えないけど喚びだしたときに『めしいのおに』っていってるんだから鬼なんでしょう。いい加減名称を定めないと面倒だし……アイツとか言ってると大人になってから再び倒しにもどってこないといけない気がするしね。動きから察するに……図書館に近づくやつを優先的に狙ってるとしか思えないのよね」
 本当は鬼の言葉による裏づけがあるのでこんなに力強く断言できるのだが。
「よくこの状況でホラー小説の話をする気になりますね……流石先輩です。……いえ、わたしもキングは好きですけど。鬼の話は了解です。そう言われてみれば確かにそうですね……」
 しっかり話が通じてる……波長合うなあこの娘と。
「逆に言うと、図書館に弱点があると見ていいわ」
「でも……あの鬼倒すのは難しくないですか?先輩は荒事はお慣れのようですけど……でもやっぱり正面から挑むのは危険です。一歩間違うとあの世行きだと思います」
「真正面から挑めばね。さっきので弱点もだいたいわかったような気がするし……ここは学校。地の利はわたしたちにある。それにあいつそこまで強くないわ。武器も十分……勝算はある。アイツを倒してしまえば結界も解ける可能性もあるしね。
倒せないまでも図書館に侵入できる隙さえできればいい。最優先事項は『本の確保』。やっぱり読んでみないとお話にならないわ」
「弱点……?そんなのがあったようには思えませんでしたけど」
「ヒントは出てたのよね――はじめっから。まあ合っていなくても景気付けにはなるでしょ」
 不思議そうに首を傾げながらも、手を小さく挙げて発言の意志をあらわす三ノ宮さん。
「いや、二人しかいないから手、挙げなくても・・・」
「あ、そうですね。先輩、はりきっているところ申し訳ないですが……あの鬼の目的が図書館を守るということなら、どこかに立てこもって朝を待つという選択肢もあると思うのですが」
「あーうんどこかに鍵かげて閉じこもるってわけね。……ところで今何時?」
「え?8時16分ですけど……あ」
 右手の腕時計――三ノ宮さんは右腕にアナログの時計をはめている。今時腕時計している人も結構珍しい。
「夜明けまで長いよね……そして夜明けがきてもこの状況が打開されるとは限らない、ついでに言うと、あの鬼は鍵ぐらいどうにかできる能力がないとも限らない……まあないとは思うけど……あいつ消えれるのはどうもぱっと消えれるんじゃないかと思う節もあるのよね……それに、多分これが一番の理由、朝まで震えて待つのはわたしの性に合わない。……でも三ノ宮さんにわたしに付き合えとは強制できないわ、あなたがその選択肢をとるなら仕方ないから、丈夫なとこに立てこもっていいけど……」
 三ノ宮さんは大きく溜息をついて苦笑する。そして一度深呼吸すると、こう宣言した。
「先輩は攻撃的ですねー。わかりました、不肖、三ノ宮優羅、地獄の底までお供します!」
「この状況で地獄はまずいまずい」
「じゃあ天国の――」
「どのみち死んでる死んでる」
 やっぱりこの娘楽しい。
 自分がこの娘を完全に気に入ってしまっているのがよく分かる……この場はいいけど……あんまり仲良くするのも良くないな、と心の片隅で冷静に忠告するわたしがいた。

                        ◆

 その後、諸所の準備を済ませてわたしは一人、図書館前の廊下の陰に潜む。
 あとは、合図を待って作戦スタートだ。
 ……時間だ。
 校舎内の全てのスピーカーから大音量で音楽が流れ出す。
 全ては推測に過ぎないが―――あの鬼は聴覚に大部分の情報を頼っている。
職員室で完膚なきまでに破壊されたステレオ。敵対行動をとったわたしたちでなく、うしろにいた先輩を優先的に狙ったという事実。名前――『めしいのおに』。
 だから、大音量の音声で撹乱するという方策はけして根拠がないというわけでもない。赤外線とか見えてたらどうしよーとかは思わなくもなかったけど。
 というわけで三ノ宮さんには放送室に行ってもらった。それによって今スピーカーから音楽が流れている。
 まあ、だからそれについてはその成功している。たしかにわたしは曲とか音は長ければ何でもいいと確かに言った、言ったけど。
「……何でエレクトリカルパレードなんだろ」
 危うくその場でこける所だった。
 とてもじゃないが楽しい夢の国へ行きたい気分じゃないんだけど…
コミカルな曲調に後押しされるようにわたしは廊下を歩き出す。
 ――さあ、来なさい。
 心中でそう呟いた瞬間、現在校舎の中に流れている曲の雰囲気に全くそぐわない異形の鬼が、廊下の端、図書館前に現われた。
 能力を使用して発声。これで確実に言葉は伝わる。
 意味は理解できなくとも意志は伝わるはずだ。
『ハーイ、今晩は、ザッツミラク穴熊から出られない哀れな鬼さん?保守的だと女の子に嫌われちゃうわよ?いい加減早く帰りたいし、さっさと仕留めてあげるからかかってきなさい。それとも――獲物に反撃されるのが怖いかしら?』
 ――挑発という意志が。
 エレクトリカルパレードがバックミュージックではいまいち締まらないけど……
 この挑発は効いたようで、こちらに向けて一直線に――ってはやっ!
 一段と早い。ナイフで迎え撃とうと構え――ナイフを見事に弾き飛ばされた……ってちょっとしゃれにきゃっ。
 組み付かれて廊下に押し倒された。爪が肩に浅く食い込む。
まずいっ!逃れようともがくが、思ったより力が強く――息を呑んだ。
 目の前にある鬼の口が信じられないくらいに大きく開いていて、口の周辺に生え揃った尖った歯が白く目立つ。その奥はただ深い深淵でそこからはゴウゴウとなにか音が、全てを飲み込むように――しまった呑まれて体が動かな――
「先輩!」
 その声で体が覚醒。動く!左手で腰の四角い物体を鬼の体に押し付け、スイッチを入れる。ビクリと鬼の体が硬直し、その後弛緩する。効いた!体全体を使って鬼の体をを跳ね上げ、束縛から逃れる。廊下の向こう側からこちらにむけて焦った様子で走ってくる三ノ宮さんが見える。
「私はただせつ――」
 何か言おうとしていた三ノ宮さんを遮ってわたしは怒鳴る。
「わたしがやられそうになっても無視して図書館に行けっていったでしょ!」
「でも――」
 ボウガンをぶら下げた三ノ宮さんに向って走りよりながら、ビクリ、ビクリとスタンガンの電撃により痙攣している鬼をちらりと観察。
 とどめを刺すか?と一瞬まようがナイフは持っていなかったことに気が付き、自分の懐を探り、閃光手榴弾を取り出す。
「いいから図書室に行くわよ。走って」
「先輩、あいつまだ」
「いいから走る!」
 ピンを抜いたそれを無造作に後ろに投げ、三ノ宮さんの手を取って走りだす。
 奇しくも音楽はエレクトリカルパレードからインディ・ジョーンズのテーマに変わる。パーッパパッパーパーパパ―……
「……なんのテープセットしたの?」
 耳をふさぐように指示しながら、そう聞く。
 次の瞬間、閃光と音があたりを支配し、一瞬全ての音を掻き消す。その閃光の最中も私達は駆ける。
「え?なんかサウンドトラック名曲大全集とか書いてありましたけど・・・?長そうでしたし」
 耳をふさいでいても多少効いたのか顔をしかめてそう答える三ノ宮さん。
「いやまあいいけど……」
 うしろを振り向くと鬼はゆっくりと立ち上がろうとしていたが、バランスをとりにくいのかフラフラしているのが見て取れた。効いてる効いてる。
 さて、最後の締めだ。
 わたしたちはようやく図書館に侵入する。

                       ◆

 鬼はしばらく意識が定まらない様子でフラフラとしていたが、立ち直ったのかこちら――図書館側に向けて疾駆してくる。やっぱり感知能力あるのかな……だとしたらまずいかもしれない。でもまあやるだけやってみよう。
 曲はターミネーター2になっていた……もうコメントなんかするもんか。
「まったくしつこい!鬼はだいたい退治されるものなんだからおとなしく消えうせなさいっていうのよね!」
 鬼の視線がそちらを向く。気づくな……
「さあて最後の大勝負と行きましょうか。その脳天めがけてナイフを振り下ろしてあげるから!」
 鬼がそちらを向いて飛び掛る。よし。
 当然ながら鬼の爪はなにも掴むことなく、空を切る。
「どっち向いてるの?わたしはこっちこっち」
 再度の声。鬼は探るようにあたりを見回し音源を捜す。
 呼吸を殺せ――
「いい加減とろくさいのよね―ー」
 鬼の爪が床に置いてあるボイスレコーダーを捕らえる。
かかった!
 正確に描写しよう。
 スティック型のボイスレコーダーはA4の紙の上の中心置いてあり、ボイスレコーダーは再生ボタンとスピーカー部分を残して白い物質で包まれていて、さらにそれは黄色の線でぐるぐる巻きにされており、さらにその白い物質には棒状のものが埋め込まれている。さらにA4の紙の余った部分には粘着性の接着剤がべったりと塗られている。
 となると、ボイスレコーダーを殴りつけた鬼のては当然A4の紙にくっつくことになる。まだボイスレコーダーからはわたしの録音した声が途切れ途切れに聞こえてくる。
 鬼は不思議そうにその声を発しているボイスレコーダーを顔の前に――わたしは図書館のドアの隙間から出していた頭を引っ込めると、扉から転がりつつ離れ、手に持っていた遠隔信管のスイッチを押す。
 轟音。
 校舎全体ががビリビリと震えるほどの震動。
 これが和真ロッカーに入っていた多分もっとも違法なもの。C4、プラスチック爆弾だ。正気を疑うぞ本当に。
「ああ、ついでに手動的に消滅したんだ……あんまりうれしくもないけど」
 これでさすがにノーダメージというわけにはいくまい。
 ふう、と一息ついていると、
「先輩――」
 ああ、あった?と先に図書館内に本を取りにいってもらっていた三ノ宮さんに声をかけようとして彼女の顔色に気づく。
 嫌な予感。
「――本、どこにもありません」
 突然、廊下の音楽が途切れた。え、テープ終わり?と思ったが、図書館からは音楽が聞こえている。図書館内の放送は音量を外からは変えられない仕組みになっているので音は小さいが。そのスピーカーからはまだターミネーター2が……いや、いま終了した。
 静寂の合間をぬってカチカチと足音が――図書館内のスピーカーからは暗い重低音の曲が流れ出す。出来すぎだろう。ダース・ベーダ―のテーマと言うのは。
 戦慄を覚えながら振り向くと、入り口のドアから、片方の体が半分ごっそりと削れて、よりいっそう不気味さを増した鬼が、姿を現した。