2話 瓶詰悪魔 -4-

たまにケンカもした。
でも最後にはちゃんと仲直りした
3人で笑って3人で泣いた

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不本意ながら夕食の準備は中断した。和真に一通り事情を説明する。
「いやはやひさびさに面白い展開だ!助っ人の介入によって真実は白日の下にさらされ一気に事態は急展開!ほんとに素晴らしい!さあさあ後半の展開をおたのしみにというわけだね運命に立ち向かう可憐な少女というのはえもいわれぬ味わいがあるというわけだねハハハハハ!」
悪魔は相変わらずのテンションで喋りつづけている。
『黙りなさい・・・・・!即刻空音に危害を加えるのをやめなさい・・・!』
鈴華の呪詛でも詠んでいるような声音。
「負け惜しみかね愚鈍な付喪神?さきほどから僕に対してなにかしているようだけど無駄なあがきすなわち徒労というものだよ!まあ無駄こそ人が生きていくの必要な重要なエッセンスというのなら僕はそれを止める気は少しもないけれどね!」
『―――』
鈴華は歯軋りをして黙り込む。
『申し訳ありません空音。私の呪いはこの腐れ悪魔には効果がないようです・・・・それどころかあなたに危害が加わっているのにすら気づかず・・・・』
搾り出すような鈴華の声。
「いいよ。もとはといえばわたしが悪いんだし」
わたしは短くそう答える。
追い詰められている。わたしは追い詰められている。
「悪魔。聞くけど、このままだとわたしはどうなるのかな」
わたしは淡々とそう聞く。
「そりゃもちろん死ぬね」
悪魔は明日の天気でも聞かれたかのように簡単にそう言ってくれる。
『―――』
鈴華が息を飲む音がする。
和真は予想していたのか表情に変化はない。
むろんわたしも影を見たときからそうではないかと思っていたのでそれほどショックはない。
「いやしかし君の精神力はじつに素晴らしいとわたしは思ってるのだよ!これだけの時間であれっぽっちしか食べれていないのだからね?いやはやいい獲物に――」
和真が何の前触れもなく、無言でどこからか取り出したナイフをテーブルの上にあった悪魔の手に突き刺す。
「―――めぐりあえたことに感謝を。クックックッ」
悪魔は何事もなかったように言葉を続けた。
「やはり実体ではないか」
和真は悪魔が平気な顔をしているのも予想済みだったのか、悪魔の手を貫通して下のテーブルに刺さったナイフを回収する。
「本体は坂下の影の中だな」
「ご名答!この姿はただの幻影にすぎないんだなこれが!影の影というとわけがわからないがね!いやはやなかなか君のボーイフレンドは優秀だね!」
「坂下、これが入っていた箱はあるか」
和真はまるっきり無視してわたしに質問する。
「うん、これ」
箱を持ってきて差し出す。
和真は箱を調べていたが、
「駄目だな。普通のダンボールだ」
箱をテーブルに放る。
「あ、それはいいけど人の家のテーブルにナイフで穴あけるのはどうなの?あとで補修しといてよね」
わたしは和真にそう軽口を叩く。
「お前な」
『空音』
両者から突っ込みが入った。
まあ気持ちはわからなくないけど。
「さて、悪魔さん?わたしが助かる方法はあるのかしら?」
答えてくれるとは思っていなかったがそう質問する。
「無論あるに決まっている。そうでないとあまりに不公平というものではないかね?」
悪魔は当たり前、という風にそう答えた。ん?これってもしかして・・・
「その方法は?それともその方法を探すのもこのゲーム・・・・いえどちらかというとシステムに近いのかな、まあいいけど。ともかくわたしはあなたに勝たないといけない。
ルールの説明ぐらいして欲しいものだけど」
完全な鎌かけだ。鈴華の攻撃も通じない、悪魔は実体でない、それに今言った不公平、という言葉。あまりにわたしに不利すぎる。一方的に影を食べられてはいおしまい。というのは。古来より悪魔と人間の間で行われるのは知恵比べと相場が決まっている。多分これは、悪魔と人間が戦うというシステムなのだ。そうでないとわざわざわたしの前に姿をあらわす必然性がない。もっとも、この予想はわたしの希望的観測が含まれているのは否めない。
「簡単なことだよ!わたしが入っていた瓶にもういちどしっかり蓋をすればよろしい!それで君の勝ちだとも。いやはや頭も回るね!その通り、これは君と僕のゲームだ。僕が影を全部食べ終わるまえに蓋を出来たら君の勝ち、できなければ君の負け。単純だろ?」
多分そんなことじゃないかと思っていたのだ。テーブルを観察していたわたしは溜息をつく。
「坂下―――蓋はどこだ」
和真の緊迫した声。
「そのへんに無いのならないんじゃない?」
テーブルを観察してたしかに瓶の横に置いておいたはずの、蓋がないことに気づいていたわたしはそうそっけなく答える。希望を与えて突き落とすのは悪魔がいかにも好みそうな手だ。わざわざ大きなリアクションをとることもないだろう。
鈴華。蓋、知らないよね」
『―――そんな、さっきまで確かに―――』
鈴華も知らないって」
わたしは和真にそう通訳する。
「悪魔さん?蓋知らないかな」
「知らないねえ。どこに行ったんだろうねえ」
悪魔はそらとぼける。
「貴様――」
和真が悪魔を睨みつける。
「和真、無駄無駄。やめときなさいって」
わたしは立って、自分の影を眺める。この割合からすると――
「3時間くらいかな」
「だいたいそのくらいだね」
悪魔も肯定する。
微妙な時間だ。差し迫っているというでもなく、長いとはお世辞にも言えない。

さあ、掛け金はわたしの命。考えろ。