1話 ある日、道端で吸血鬼に -2-

「お断りします」
3秒しか固まらなかったのは自分に花マルをあげたい。
あ、つい反射的に断ってしまったがいいのだろうか・・・・
「そうか、残念だ」
男は残念がる様子もなくそう答える。
わたしは『それならここで私の餌食になるのだな!』
ぐらいの言葉が後に続くかとも思ったが、特にそんなことはないようだ。
断って正解。というか挨拶がわりなんではなかろうな。
「それでだね、君、この写真の女性を知らないかね?」
わたしが黙っていると男は懐から一枚の写真を取り出してわたしに見せる。
金髪の綺麗な女性だ。場所は公園だろうか。日傘を差して優雅に笑っている。
「いえ、覚えがありませんが」
正直にそう答える。
「フム、ではこちらはどうだね?」
男はもう一枚写真を取り出す。
先ほどの女性と思われる女性が見知らぬ男性の首筋に喰らいつく様を激写した写真だった。
まあ犬歯が随分とお伸びになって。
・・・・よくこんなの現像してもらえたものだと思う。
「いえ、残念ながら」
見覚えあったらどうしようと思っていたのは秘密だ。
というか、この顔見れた人は無事では済まないのではなかろうか・・・?
特に驚かない様子のわたしを不思議そうな面持ちで見つめる男。
わたしはそれを視界の端におさめながら、座りこんでいる男の脈をとる。
生きてはいるし、出血も止まっている。首筋に見事な跡があるけど。
生きているのがわかったのでほっとした。
「質問があるのですが。この人は夜な夜な血を求めたりするようになるのでしょうか」
答えてくれるかな、と思ったが
「いやいや、男の眷属なんか増やしてどうする。その男からはちょっと血をもらっただけだよ。なに、献血程度のものだ」
という答えが返ってきた。
じゃあ他に外傷もないし放っておいても大丈夫かな。
この人の言葉が信用できるとして、だけど。
「お嬢さん、私からも質問があるのだが良いかね?」
そんなことを考えていたら、そんな声がかかった。
「なんでしょう?」
どうしても男の顔を見る気がしないので視線を微妙にそらしつつそう答える。
「君はあっさり吸血鬼の存在を受け入れているようだが、昨今の女子学生はみんなそうなのかね?」
「吸血鬼なんでしょう?」
「いやまあそうだが、普通はもう少し驚くものではないかね?」
「わたしは物事は受け入れる主義なので」
たしかに吸血鬼に会うのははじめての経験だったが、
これでも悪魔に襲われたり、未知の生物に襲われたり、銀行強盗に巻き込まれたり、
いろいろしているのだ。いまさら、というやつである。
わたしに言わせれば友好的な吸血鬼はましな部類である。
「それでは失礼します。写真の方、早く見つかるといいですね」
わたしは一礼するとそのまま背を向ける。
「お嬢さん、実は相談があるんだがね」
やっぱり帰れないか。
わたしはしぶしぶ振り返る。
「娘を探すのを手伝ってはくれないかね?」
何で。
「わたしは一介の女子高生なんですけど」
「そうは見えないが」
・・・・まあ普通の女子高生でないことは不本意ながら認めよう。
わたしは平凡に暮らしたいんだけどなあ。
「ともかく、お役に立てるとは思えませんので・・・・」
「それならお金だけでも貸してはくれんかね」
はい?アルマーニのスーツ着ていながらお金ないのかこの人。
「お金・・・ないんですか?」
「いやあこの町に辿りつくまでに使ってしまってね、今日泊まる所もない有様だよ」
「カードとかは」
「娘が全部持っていった」
うわ。家出されてるんだ。
そこで初めてわたしは彼の目を真正面から見た。
あ、と思ったが。特に体に変化はない。
魅了でもされるかと思ったがそんなことはなく。
どうやら本当に困ってるらしかった。
あー、わたしの悪い癖が出そうだ.。
「家に泊まりますか?」
気づいたら、そう言っていた。

                        ◆


わたしの悪い癖だ。なるべくトラブルに巻き込まれないようにしようと思っているのに、困ってる人を見過ごせないのだ。なかなか直らない。
結局、わたしは吸血鬼を自宅まで先導している。
わたしは一人暮らしだ。両親とは事故で死別している。
お察しの方もおられるかとは思うが、多分、わたしの体質のせいで事故に遭っている。
今現在わたしの後見人みたいなのをやってくれている人は、『君のせいじゃないよ』
と言ってくれたが、わたしは間違いなくそうだと思っている。
それはもう仕方のないことだ、と思っている。
わたしは一人で暮らすしかないのだ。大切な人を失わないために。
・・・・・暗い話になってしまった。
まあ実際一人暮らしは気楽なもので、わたしの性に合っている。
とりあえず道すがら自己紹介などを交わす。
彼はエルク=シューヒロイデン=クエイツと言って
古くから吸血鬼をやっているそうだ。
日本には大正時代ごろからいるらしい。
「それで、娘さんはまたなんで家出を?」
「いや・・・娘は死んだアレの母親思いでね、わたしが他の女とつきあうとかんしゃくを起こすのだよ」
わたしはその娘さんに同情する。はっきり言って初対面のあいてに交際を申し込むあたりから推測するに、エルクさんの女性遍歴はそうとうなものだろう。
家出もむべなるかな、である。
「よくされるんですか?家出」
わたしは少々失礼な質問をする。
「これだけ完璧に痕跡を消されるのは初めてだよ」
印鑑、通帳、保険証、カード。その他もろもろほとんど持って家出したそうだ。
よっぽど怒ってたんだろうな。
「やはりホテルに入る所を見られたのはまずかった」
エルクさんはしみじみとそう言う。
見た目が若いから完全に『浮気の現場押さえました!』みたいな感じだったんだろうなあ。
ん?わたしもこの状態はそう見えるんではなかろうか。
まあわたしは別に美人ではないしそんなことはないだろうけど。
そうこうしてるうちにマンションの前に着く。
「ここです」
「しかし君も随分無用心だね?一人暮らしの身で男――しかも吸血鬼を家に上げるとは」
「まあ否定できませんけど・・・・・厳密には一人じゃないっていうかなんというか」
ポケットから鍵を出してマンション入り口のオートロックの鍵を開ける。
わたしの部屋は804号室だ。
ポストを覗いて夕刊等を回収し、エレベーターに向かう。
エレベーターのボタンを押しながら、わたしはそういえば重要なことを聞いていなかったことに気がついた。
「そういえば娘さんのお名前は?」
「娘はリース=シューヒロイデン=オオミヤという」