1話 ある日、道端で吸血鬼に -1-

わたし、坂下空音はよくトラブルに巻き込まれる。
なんでかと言われても困る。
わたしもできればもう少し波のない海を航海したいと思っている。
でも、これはもう仕方ないのだ。人間にはいろんな才能がある。歌が上手かったり、足が速かったり、計算が得意だったり。わたしは多分トラブルに巻き込まれる天才なのだろう。
神様のはからいか(とはいってもわたしは神様を信じてないけど)トラブルを回避するためかわたしには一つの能力――と言っていいだろう――が与えられている。
でもまあ。それが私の巻き込まれるトラブルの全てを解決できるかと言われれば、
できやしないのであった。

                        ◆

その日、わたしは、数駅はなれた所にある大きな市営図書館に用事があり、ついつい閉館時間間際まで読みふけってしまったせいで、わたしが住んでいる駅に到着した時にはあたりは真っ暗になっていた。季節は冬。日が落ちるのも早い。
わたしは夜出歩かない。何故かというと、わたしのトラブルに逢う確率が上がってしまうからである。自慢じゃないが痴漢に遭う確率もかなり高い。回数はどうか知らないが打率はかなり高い。嫌になる。幸い通り魔に襲われたのは1回で済んでいるが。
要は、わたしがトラブルにあっても文句が言えないところに行くと、
たいていなにかしらあるのだ。
と、いうわけで大通りを選んで歩く。この町も長いので裏道の一つや二つ知っているが昼ならまだしも夜は行く気がしない。明るいネオンに彩られた商店街を歩く。念のため、周囲には気を配る。やりすぎと言わないでもらいたい。わたしにとっては平時のことである。
商店街を抜け、駅の中心部から離れたマンションを目指す。               このあたりが一番危ない。
ほら。視界に何か入るし。
目に入ったのは二人の男だ。
一人は普通に立っているが、もう一人はどこかの家の塀にもたれかかるように座り込んでいる。
完全に進行方向である。まわりに人の気配は他にない。
無視して通ればいいじゃないか、と言われそうだが、経験から言うと、この時点でもう逃れることはできない。もしくは逃れても後味が悪い場合があるのだ。
と、いうわけで仕方なく近づく。まあこのまま突破できれば問題はない。
観察できる距離まで近づいた。
立っている男性はスーツ姿で、座り込んでるほうの男はいかにもそこらのヤンキ―と思われる出で立ちである。
私はスーツの男とのヤンキ―風の組み合わせにそっち系の人っぽいなと思い、よかった、まだまともな部類で、と胸を撫で下ろす。
―――が。自分の観察力が恨めしい。もうあたりは暗いというのに、座り込んでいるヤンキ―の首筋から血が垂れているのが見えた。
そこまではまだいい(よくないけど)
それで、何でスーツの人は金髪なんてしてるのかな。それも染めたんじゃなくて天然の。肌もなんか白いし。
即時退散。回れ右したい。冗談じゃない。わたしの経験が警鐘を鳴らしている。
「お嬢さん」
声をかけられた。遅かった。無視して先を急ぎたいが足を止める。
とりあえず今の瞬間襲われなかっただけでも良しとしよう。
改めて男を観察する。顔をチラリと見る。金髪碧眼。しかもアルマーニのスーツなんか着てる。まあどこかの外資系のサラリーマンといえば通らなくもないだろう。
鞄も持ってない手ぶらではあるけれど。男の顔をチラと見たときに確信。
「なんでしょうか」
顔を正視しないように答える。
「見たかね?」
そりゃ見たさ。そんなこと言う前にその犬歯をまずしまえ。
「・・・・瞬間は見てませんが」
「そうか―――――――」
男は言葉を区切る。渋い声音だ。
さて、この状況をどうやって切り抜けたものか、普通に吸血鬼とやりあって勝てるとも思えない。
「それはともかくだね」
ん?とわたしが思ったのも束の間。
彼が放った次の一言は、さすがにわたしの予想範囲を越えていた。

「私と交際しないかね?」
                        ◆

坂下空音。現実的、非現実的を問わずあらゆる災厄に巻き込まれる少女。
これは彼女の日常をただ綴った、それだけの物語である。